平日の穏やかな午後、徒然なるままにテレビを観ていた。点けっぱなしにしている時代劇チャンネル。昼間っからビールを飲みながら何も考えずに観ていた。水戸黄門である。日本人が好む裏切らないカタルシス。予定調和の勧善懲悪、最後は必ず老若男女が痛快に胸を撫でおろし喝采する。お決まりの台詞の中に平和を望む日本人の心情がある。
多数の悪人どもを相手に御大将を守護しながら正義の剣を振るう剣客二人。ある程度悪人どもを痛めつけた後、徐に御大将の前に現れ出た家来二人。右に助さん、左に格さん。御大将を真ん中に左右に身構える見事な斜め45度。
カメラ写りの完璧なポージング。格さん右手を懐に忍ばせ歌舞伎張りの音を踏む名セリフ。
「控え、控え、者ども控えおろう!ここに居すはどなた様と心得おる。怖れ多くも天下の副将軍、先の中納言水戸の光圀公でおわすぞ。皆の者頭が高い!控えい~!」
ここですかさず、確たる証しの三つ葉葵の印籠の出現、カッと掲げて悪党どもが平伏…………のはずが各さん懐をごそごそするだけで印籠が出てこない。痺れを切らした悪党の一人が「何が水戸の御老公だ、さっき迄越後のちりめん問屋の隠居と申していたではないか?水戸の老公なら証拠を見せろ証拠を!」
「そうだそうだ。」悪党ども全員が気色ばんだ。」
意外な展開に困った助さん。格さんに向かって「各さん!何をしている、早く印籠を出しなさいよ!」
「いやしかし、印籠が無い!」
「え~っ!何で?そんな大事なもの何で失くすの?まして今この状況でそれを言う?」助さんの厳しい追及に各さん着物を脱ぎだして、ふんどし1枚で着物をバタバタさせたが、やっぱり無い。
黙っていないのは悪党ども。
「何をゴチャゴチャやってんねん?いつまで待たすつもりや。印籠も無いのに偉そうに言いやがって。この場をどうする気や!」
印籠が無ければただの越後の隠居と番頭二人、ちりめん問屋ご一行でしかない。
悪党どもが更に詰め寄り「この落とし前どうする気や?おいそこのアホ、格とか言うたな。そんな大事なもん失くしてよくお共が務まるなあ?腹切れ腹!」
格さん、弥七を見つけて「弥七ぃ、何とかしてくれ~。」
「何で?あっしが知ってるはずないっしょ?印籠まで責任取れませんよ。そんなん管理者の自己責任でしょ。」
「けど弥七は忍者やろ?何でも知ってるんやないの?」格さんは居直った。
「そんなん忍者でも知らんもんは知りません。そう言えば昨夜、八兵衛と一緒にお銀が風呂入ってるのを覘いていたでしょ?その時落としたんじゃないの?」
その時、お銀の目に火が揺れた。
「やっぱりそうなんや。ちょっとあんたらかいな、毎夜覗いて。ほんまいい加減にして。あの時水掛けて慌てて逃げたからその時に落としたんでしょ?すけべぇ!」
「それやったら八兵衛、お前のせいやないか?あの時覘きなんて嫌やて言うてたのに無理やり誘うからやろ!」
「うわぁ!何ですのそれ、お銀のオッパイは見るだけの価値はあるで。と言ってたじゃないですか?それもガン見してたでしょ。ほんま勘弁して下さい。」
詰め寄って来た悪人どもの気勢が上がり。悪党の親玉らしき男がここぞとばかりご隠居に詰め寄り威勢の良い啖呵を切った。
「おい、爺ぃさん、どうする?このまぬけな部下の不始末の為に、これ以上無駄な時間を費やすのは展開上にも無理があるやろ!」
最もな意見であるが、老公が初めて口を開いた。
「皆の者すまぬ。もう少し刻をくれませんか?今、弥七に昨夜宿泊した宿に行かせて風呂場の外を探させています。」と言い終わるや否や、弥七が息を切らせて戻ってきた。
「どうでしたかな?印籠はありましたかな?」
「ご老公、申し訳ございません。風呂場の外から中、台所、お銀が寝泊まりした部屋の隅々まで探しましたが見つかりません。」
言うや否や平伏した。そんな弥七にお銀が詰め寄り問いただした。
「どうして私の寝間まで調べたの?私を疑っているの?」
「いや、そうじゃないんで。以前格さんがお銀さんの寝間に夜這いをかけようとしたのを見たもので。もしかしてと思って。」
「ぇぇ~っ!以前寝ている時に息苦しく感じ身動きが取れなくなった時、あれは格之進が私に覆い被さったから?おい格之進、ちょっと来い!」お銀の目から炎が立ち上がった。
「いや、お銀、あれは違う。あれは少し寝酒が過ぎて女中部屋に八兵衛と一緒に夜這いを仕掛け、間違ってお銀の寝間に入ってしまっただけ。けど何にもしてないよ。神仏に誓う。ほんと何もしてません。していません。」
格さんはふんどし一枚の裸のままお銀の前で正座した。
お銀さんは納まりません。
「ふんどし一枚の男に何を言われても信用出来るはずないわ!この変態ド助べえ男!正直に言え!どこまでしたん?」
「いや、おっぱいをちょっと。」
「お、おっぱい??殺す!ご隠居、こいつ殺しましょ。」
「まあまあ、ここはこの老体に免じて納めておくれ。」ご老公はお銀の肩を叩き慰めるように諭し格さんを問いただした。
「格さんや、正直に言いなさい。昨夜はお銀の入浴を覘いた後どうしました?八兵衛と一緒に寝酒を嗜んでいたのは知っていましたが、その後如何しました?」
格さんは観念した。
「昨夜はお銀に水を掛けられた後、八平と寝酒を少々、二人で相談して女中部屋に夜這いを掛ける事にし、子の刻時分に忍び込み、およしと言う女中と朝まで。………。」
さらに老公は
「それでその時印籠はどこにありましたか?」
「印籠は何より大切なもの、常に肌身離さず。あっ!」格さんは思い出したように叫んだ。
「弥七、女中部屋だ。すぐ探しに行ってくれ。」
「何を偉そうに。お願い行って下さいでしょ!」言い終わるや否や弥七は消えた。
その顛末の一部始終をおとなしく見ていた悪党の親玉は、
「こんな茶番にいつまで続ける気や?こら爺ぃいい加減にしろよ。大の大人が雁首揃えて何をゴチャゴチャしてるんや。ちりめん問屋の隠居なら商人らしく金でこの場を納めたらどうや?いつまでも待ってられんぞ。」
ご老公は親玉を手で制しながら。
「ご不満はもっともです。大変申し訳ないがもうしばし待っては下さらぬか。すぐに使いの者も戻りましょう。それでもし印籠が無ければ金百両で手を打っては下さらぬか?」
老公の申し出に悪党どもはサイレントマジョリティーで受諾した。
親玉は皆を鎮め使いの弥七が戻るまで全員にケイタリングを摂らせ酒を振るまった。ちりめん問屋一同も取り敢えず腰を据え茶と茶菓子で休息を取った。さすがに格さんの不始末で酒を嗜むのは憚った。当の格さんは着物をはおり部屋の隅で肩を落として正座している。そんな格さんに助さんが近づき耳打ちした。
「格さん、もし印籠が見つからない時は切腹ですな。その時は一目散に逃げなはれ。逃げやすいようにふんどしを締め直しとけば。それとお銀のどこがええんや、お銀て六十を過ぎた婆ぁやないか。お主は年増キラーか?」言い終わり場に戻る助さんの背中に殺意を持った視線が飛んだ。お銀である。
「聞こえてるで。」さすがは老いてもくノ一、獄耳である。
「これでも疾風のお絹の後を継ぐかげろうのお銀、二人とも茶を飲み食事を摂る時、、せいぜい気をつけや。喉は必ず渇くしな。」お銀の目が細くなり口元に殺意が滲んだ。助さんの目が後悔で固まっている。瞳孔が閉じない。
そうこうしていると弥七が戻って来た。
「遅くなり申し訳ございません。今戻りました。」
「おお、弥七戻りましたか。ご苦労でした。で、印籠は有りましたか?」
平伏している弥七は各さんを一瞥すると
「はい、ここに。」
言うや懐から印籠を取り出し
「女中部屋の布団の間に格之進と書かれたふんどしに包まれて挟まっておりました。」
「な、何ぃ~!ふ、ふんどしに包んでいただと。徳川将軍から直々に賜った印籠をふんどしで.......。」
さすがに温厚なご老公もこればかりは堪忍袋の緒が切れ怒髪天を突き破りました。すかさず助さん、弥七から印籠を奪うと間髪入れず、眼前に差し出し、「皆の者、静まれい~。この印籠が目に入らぬか。」
すると親玉がすかさず。
「助さんとやら、今更何を偉そうに何言うてんねや。今まで散々待たせといて、目に入らぬかぁ~て、その豹変ぶりは何、正に虎の威を借る狐やないか。待たせた者に対する謝罪が先やろ!。それに今更水戸のご老公だと解っても、家来が家来やし、その取り巻きもアホばっかしやないか?それも全部印籠一つでご破算にしようなんて虫が良すぎるし、天下の副将軍のする事やないで。御政道を正すなら先ず身内からでしょ。」
「そうだ、そうだ!」悪党全員が拳を突き上げご老公に迫った。
ご老公、両手で全員を制しながら
「解りました。皆さんの言われる事も最もだし気持ちも分かります。それに印籠が見つかるまでよく我慢をしてくれました。これで私どもも面目が立ちます。それでどうでしょう?今回の皆様方の悪事には目を瞑り、迷惑料とこの事は今後一切口外しないと言う口止め料として金百両進呈します。但し、これからは悪事は決して行わないと約束して下さい。この条件で手を打ちませんか?この折衷案が飲めないなら徳川家を敵に回すことになりますが如何ですか?」
暫く沈黙の後悪党の一人が
「いいんじゃないかなぁ。悪い話でもないし誠意も感じる。私は異存はないし約束も出来る。」
言い終わるや否や全員が声を上げた。
「異議なし!」場に居た全員が拳を掲げ、
「ご老公!ご老公!ご老公!」
シュプレヒコールが鳴り響いた。この後全員がご老公の前に平伏し深々と頭を垂れた。ご老公の甲高い笑い声が初夏の空へ吸い込まれていった。
ご老公はこの一件が終わるや一度水戸へ戻り、隠居の身とはいえ自ら隠遁生活に入り読書や写経、絵筆を取る日々に追われた。余談だが世直し旅の共を務めた助さんこと佐々木助三郎は水戸に戻り日々政務に追われ、格さんこと渥美格之進は、ご老公の情けで切腹は免れたがお役は御免となり市井に下り蕎麦屋の主をしている。お銀は実際の歳がばれ引退し城下の外れに百姓家を借り今なお格之進への暗殺を企てている。弥七は行方知らず。そもそも忍者なんで。うっかり八兵衛は何故ご老公一行に同行したのか謎を残したまま元のスリに戻り、うっかり捕らえられ今は島送りになっている。
尚、今回の放送の「水戸黄門」は番組の都合で時間を延長してお送りしました。次回の放送の予定はございません。