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Qのブログ

思いつくまま気の向くまま、気が向いたら読みにおいで。

私のブログに鮮度はありません。

古いのにも遠慮なくコメントしてね。

裁判員に選ばれることについての一般市民の不安、「法律知識がないのに人を裁くなんて出来ない。」に対する国の答えは「判断に一般社会の常識的感覚を取り入れるためなので、法律知識は必要ない。」というもの。


 


でも、これって根本的な矛盾がある。


 


私は以前から、「法治国家とは全国民に法律知識があることを前提とし、触法行為に対し『該当法令を知らなかった』では済まされず、処罰される国家。」ということに、疑問を持っている。


これって、全国民が弁護士なみの法律知識を持ち、日常生活で触法しないように要求するってことだもんね。


 


もちろん、常識人が常識的に生きていれば触法しないよう、充分な緩みをもって法律は制定されているってことなんだけど、それでも、「知らなかったから損した!!」ってことはちょくちょくある。


 


で、何が言いたいのかというと、法律を知ってて当たり前とされていて、今後人まで裁く可能性ができたんだから、もっと法律を学ぶ機会を増やさなければいけないんじゃないの??、ということ。


 


一般市民(学齢期の子供)が法律を学ぶ時間って、すごく少ないと思うのよ。


社会の時間の、そのまたごく限られた時間、憲法について学ぶだけ。


(今は少しは違ってきてるのかな?)


 


裁判員制度を鑑みるに、少なくとももう少し、刑法やその精神について学ぶ機会がないといけないんじゃないかな?


(市民生活の経済的側面からは、民法もだな。)


 


裁判員制度を睨んだこの一年、提起された問題の中からこの点が欠け落ちていると思えるのです。


目立ちたがりじゃないんでいいんだけど、それにしてもココって反応ないねぇw


「白夜行」で感じたんだけど、どうも私と世間の関心事がズレてるっぽい。


 


私にとってココがコミュニケーションの場ではないとすると、純粋に独り言の部屋だな。


目的の一つがその時自分が何を考えていたかの日記だからやめようとは思わないけど、書き込む頻度は落ちそう。


 


純粋な日記なら、もっと辛辣な書きたいことも頭の中にはあるんだけど、全く人目がない訳じゃないし。


逆に書きたい放題書いたら、アクセス増えるのかも。


でも、アクセス増えたら、書きたいことが書きにくく…


 


なんだか、「囚人のジレンマ」に似てるような(笑)


今、録画してなかなか観れなかった「風に舞い上がるビニールシート」を観た。


 


人って、愛し方がみんな違う。


パートナーと似ていればまだいいんだけど、違いが大きければ、愛されてるのか不安になったり、愛されてるのにそれを感じられなくて不満に思ったり。


逆に、すごく愛してるのに、パートナーが不安そうだったり不満そうだったり。


 


そして、距離が縮まらないことがもどかしかったり…。


 


「愛の形は人それぞれ」、そんな当たり前のことが、なかなかわからないのよ、若いうちは。


いや、恋愛経験を積まないと、中年になっても老年になっても知らない人はいっぱいいる。


 


恋愛経験…、前の人から次の人へのバトンタッチ。


少しずついい男(女)に磨きながら、傷付きながら、次の誰かへ…。


 


逆に、パートナーを汚してしまうこともある。


そんなことにならないように、少しでも磨いて。


 


私を磨いてくれた、かつてのパートナーへ。


幸せになってね。