裁判員に選ばれることについての一般市民の不安、「法律知識がないのに人を裁くなんて出来ない。」に対する国の答えは「判断に一般社会の常識的感覚を取り入れるためなので、法律知識は必要ない。」というもの。
でも、これって根本的な矛盾がある。
私は以前から、「法治国家とは全国民に法律知識があることを前提とし、触法行為に対し『該当法令を知らなかった』では済まされず、処罰される国家。」ということに、疑問を持っている。
これって、全国民が弁護士なみの法律知識を持ち、日常生活で触法しないように要求するってことだもんね。
もちろん、常識人が常識的に生きていれば触法しないよう、充分な緩みをもって法律は制定されているってことなんだけど、それでも、「知らなかったから損した!!」ってことはちょくちょくある。
で、何が言いたいのかというと、法律を知ってて当たり前とされていて、今後人まで裁く可能性ができたんだから、もっと法律を学ぶ機会を増やさなければいけないんじゃないの??、ということ。
一般市民(学齢期の子供)が法律を学ぶ時間って、すごく少ないと思うのよ。
社会の時間の、そのまたごく限られた時間、憲法について学ぶだけ。
(今は少しは違ってきてるのかな?)
裁判員制度を鑑みるに、少なくとももう少し、刑法やその精神について学ぶ機会がないといけないんじゃないかな?
(市民生活の経済的側面からは、民法もだな。)
裁判員制度を睨んだこの一年、提起された問題の中からこの点が欠け落ちていると思えるのです。