(・∀・)
子供の頃に病気で寝込む時はラジオのナイター中継を聞いて気を紛らしていた
病気の時に目を使うのは疲れる
と家族に言われてそうしていた
(・∀・)
野球中継は私にとって支えでもある
今も
元気をくれる
職場の野球クラブでキャッチャーだった親は高校野球の直向きさが大好きだった
親が入院したときに高校野球放送を流した
意識朦朧としていたけど穏やかな表情になった
最期の言葉は
人間は争う生きものだ
また戦争をしたがるだろう
お前は皆と仲良く生きなさい
皆というのは出会う方々全てという意味とわかった
そういう親だった
私が子供の頃に家にリヤカーで目の不自由なおばあさんが古新聞を集めに来ていた
それを売って生活費にしていた
今日もオマケにしとくよ
予定量より少なくても回収料金をくれたおばあさん
目が見えないのに
おばあさんなのに
重いリヤカーを引く後ろ姿を見ながら生きていくことの厳しさを感じ言われなくても新聞紙をまとめるようになった
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のちに戦後小学生だった親も空瓶回収で生計を助けていたのを知り他人事ではなかったのかも知れないと思った
戦争も震災も経験してきた親
世界は不穏な気配です
どうか見守ってください
(>人<;)
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