若さとは、無茶であり、無謀である。


ワタシは小学生の頃からの野球少年であり

また鉄棒や床運動も体操部に進むほど得意だったし

泳ぎもほどほど何でもこなせ

スキーやスケートは飯を食わずにやるほど好きだった。


ジブンは万能なんだと半ば本気で信じていた。

中学では最初友達に誘われて体操部に入ったが

日の当たらぬ屋内でのあまりの暗く地道すぎる練習に

辟易し、物足りずに、体育館の窓越しに見える野球部の

元気ハツラツさに手招きされるように早々に転部した。

ところが体の大きさがまだ伸び盛りに至らなず、補欠。

たまの試合のチャンスでは「ここ一番で」打てなかった。

ワタシは中学生にして「挫折」した。


かといって勉強とて「中の中」

マンガ作家人気の時代、絵は得意なほうだったが

ジブンより数段上手いウエの人間がこの分野にもいた。

知、芸、体、どの分野においてもワタシは

「万能」でも「天才」でも「ここ一番に強」くもない

取るに足りない平凡な人間だと悶々と自覚させられた。

中学三年ではついに「家出」まで決行する。


あれから30数年、ようやくワタシも己が長も短も心得

「ここ一番の」度胸や運もつき、

やっと一人前の人間に近づきつつあるように思える。


今はホテルの徹夜勤務のバイトをこなしながら

日中は本業のハボタン栽培に引き続き突入し、水かけ、

土詰め、植え付け、防虫、スペースとりなどに追われ、

3日に一度の老人ホームの宿直勤務でやっと休息をとる日々。

「強固な意志で」「己が肉体をあやつる」とはこういうことだったか、

高橋尚子や野口みずきなどと比較するのも滑稽だが、

意志と肉体の葛藤の中の調整の仕方や

ギリギリの状況でもいかに精神を安定に保つか

など、彼女たちの限界を垣間見るようになぞらえながら、

ワタシ自身の後半ランに挑んでいる。



久々に、20年前にどっちを買おうか迷った

東証一部上場の2つの現在の株価を見て、

思わず苦笑いしてしまった。


仮にAとBという銘柄にして言えば、

20年前はどちらも1株が750円前後で

80万円以内で1000株を買える水準の代物だった。

Bは、ワタシが営業マンとして出入りしている会社でもあり

あんなレベルの社員がいる会社よりは、Aという三菱系の

化学株のほうがきっと将来株はあがるだろうと、いい加減な

決め付けで結局ワタシはAの三菱系の株を買った。

しかしバブルがはじけ、A株を半値ほどで処分する羽目になる。


近年、小泉純一郎が「ぶっこわす」改革を断行し、ようやく日本の

停滞を続けた沈黙の10年にも終焉が訪れ、ここ最近の株高にまで

回復するに至った。


直近のA株は1130円になっていた。750円で買った株を20年間

持ち続けていれば、今頃、40万円ほどの儲けが出た勘定だ。

さて、バカにしていたB社の株はと見ると、、、、、、、

、、、、、「4760円」、、、、なんと

絶句するほどの、モノスゴイ驚異的な高値に跳ね上がっていた!!!

あの時、ワタシが、従業員を見下さずにB株を買っていたら、、、、

大手の三菱を買いかぶっていなければ、、、、

Aの10倍もの400万円ものウハウハする儲けを

この手に握っていた。

しかしどっこい、、、、A社の40万円さえ握っていない、、、


そーして思った」、、、、たとえ400万儲けていたとしても

きっと調子に乗ってその十倍も、百倍もの損を出して

ニッチモサッチモ行かず、線路にと飛び込むとか

わが人生は終わっていたことだろーと。


所詮、あくまでも、金なんぞというものは天下の回り物である、、、

ゆめゆめ、金を、おのが才覚であやつれるだとか

多ければ多いほどいい、などとは決して思わぬことだ。

金と量は、生きていられほどの、中庸が1番いいのである。








7月中旬から播き始めた葉牡丹の苗が

今年はことのほか順調に元気に粒ぞろいに生育している。

と思ってホクホクして、月山まで湧き水を汲みにドライブ

何ぞしている間に、気温がみるみる30℃を超えたらしく

夕方ハウスに戻ると、若苗たちの1割以上が猛暑熱波に

やられて、日焼けし、枯死ししかっかていた。

「すわっ!」とか驚いてもはや、後の祭り。

人も含め、生物は、熱波で死んだら生き返れない。

いそいでたくさんの水を注ぎかけながら

「ゴメンンッ!」と涙ぐみながら謝ってみても、もう遅い。

生きかえれないのだ、いったん枯れたものたちは。

昨年の農業日誌を紐解けば、やはり、それまで涼しくさえ

あった気温が8月2日を境に真夏日に一変していることが

記録してあった。なんのための観察記録だったかと悔やまれた。

取り返しのつかない失敗、植物とはいえ、途中で

ワタシの注意や配慮の行き届かないことが原因で

この世から意に反して葬り去ってしまった事実の前に

誰にも話せない暗澹とした気持ちが尾を引く。
ワタシの好きな番組NHKプロフェッショナルの流儀で

またまた、たまたま見たのだが

古野隆雄というアイガモ農法を日本で確立した男の

生き様が紹介されていた。

そのなかで古野がポツリと言う

「人間は本来自然の中で生かされている、、、

人間が自然をコントロールできるわけではない、、、」

日本でアイガモ農法を確立した男として取り上げられているのに

あるいは、世界的にも注目され、外国人の研修や視察が

頻繁に訪れるというのに

なんと謙虚で、本質の分かった人なんだろう、と思えた。


水の少ない今年、古野は、米の直播に挑むが

番組は、結局、この直播が失敗に終わる結末で終了する。

決して「成功談」ではなかった古野隆雄という人の話。


「なるようになる」そう彼は言う。

人のできることは人事を尽くしてやるだけやるが

あとは天命を待つしかない、そういう哲学が根底にあった。

おんなじ農業人として共感できる。


2年目の本格的百姓生活を迎えている今年

やっぱり、古野氏同様、ワタシも雑草には辟易している。

農作物の成長を上回る繁殖スピード、

二重三重に生き残り策や種バラマキの術を身に着けて

決してタダでは起きない(枯れない)脅威の雑草たち。

加えて、ナメクジたち、蛾と蝶とバッタたちと30度の炎天下で格闘、、、、


それらに「勝とう」と立ち向かい、人は根負けし、疲弊し、ついに

農薬を撒き散らし、自然をコントロールしたように一瞬錯覚する。

ほんとうは、ドラゴンボールの主人公たちが一段と強いスーパー某同様

雑草と昆虫たちもスーパー某に「進化」して生まれ変わる、その薬剤を

知らず知らずにまいているのも知らないで。


、、、「盛岡さんさ」祭が始まったことが全国ニュースで流れる。

6月の「チャグチャグ馬っこ」そして8月の「さんさ」、もうすぐ秋が来れば

盛岡の「秋祭り」行列、、、農業の節目節目には、祭が昔からあった。

そういう形式が、四季を通じてしっかり、そして本格的に

まとまって残っているのは東北では岩手県だけである。

別に、東北何大夏祭とか、地域振興や観光客誘致のために

企画された祭として人に媚びる類でやってきたワケではないから

岩手県の祭はあまり知られていない。、だから、実は

岩手県ほど祭の多い、宝庫、まほろばだと知る人は、そう多くない。


宮沢賢治と石川啄木と盛岡冷麺と中尊寺だけが名をはせたが

ほんとうに本格的にいい祭がいまだに老若男女に染みついており

代々、自治会と学校で、子どもたちに自然に受け継がれている、

これほど県民的スケールで行われ、自慢もPRもせず

淡々として、凛としている県を、ワタシはほかには知らない。

いきなりキミもワタシも何億円もの値札がつく

イチローや松井秀喜にはなれないが、しかしだ、

人は誰でも人生という一回こっきりのステージの上で

いろんな役を演じることができる

「演技する自由」ってぇのを与えられている。


ワタシの例で語れば

仮死状態の赤ん坊時代、死に損ない場面から誕生し

体の極小なガリバー状態時代、既に自ら保育園をサボり

中3の明日のジョー時代、ジョー気取りで家出をしたら捕まり

彷徨する精神時代、立っている床が抜けそうな氷の世界を生き

新興宗教教団にも顔を突っ込んだ蜘蛛の糸時代、そこを脱走し

やっと生きるヨスガを見つけた19歳時代、人生をやり直し始め

神田川の石鹸カタカタなる銭湯時代、今の女房と4畳半で暮らし

4年過ごした小田急線向ヶ丘遊園時代、不条理文学だけ優で卒業し

最後の国鉄のポッポ屋時代、豪雪の米沢駅で構内係を演じ

出向の軽井沢プリンスホテル時代、モンキー姿で給仕に明け暮れ

転じた旅行会社時代、添乗と家族旅行と趣味の旅行で、世界を旅し

50前で会社を辞めようと決めた時代、美しい日本の百姓を選択し

今日に至る。


ドーです?無名の、田舎の、凡夫のカイツマンダ半生でさえ

こんなにも多くの役を演じ続けて生きてきたことがわかる。

女房とのこと、家族とのこと、友人知人とのこと、趣味のこと

志向の歳とともに変わってきた変遷のこと、深まる世界観や

社会観、人生観、自然観、死生観、、、

語ればきりがない。それほど

生きてるって、みんな、場面場面でそれぞれ

千差万別の役を、一回こっきりで、嘘でも真でも

とにかく「確定させながら」演じて続けているワケだ。

限られた50年~80年という人生で

どんな役回りでどんなセリフでどんな演技をするのか

それはアナタしか決められない演じられない無二の一瞬。

お金なんかが人生の価値ではない。

そんなものはジョーロに水が少しか多いかの違いでしかない。

自分自身で、あるいはつれあいと、

「人生にカンパイしよう、カンパイしよう、カンパイしよお~♪}

と歌えるなら、それは、幸せってことだ、~ね、きっと。



たとえばデルフィニュウムの発芽率がよくないことが

素人さんの園芸日誌などで時々見かける。

花は雑草と違い、ただ土に播けば芽が出るってモンではない。

美しい高度な花になればなるほど、なんてことはない、

素人さんの知らない「栽培のテクニック」が

要所要所で必要になってくるものなのだが、

そういうプロのノウハウは、商売がかかっていてマルヒなのか

あるいは、百姓でブログを書く人がごく少ないためなのか

検索してもまずお目にかからない。


ワタシのような駆け出し百姓が、でしゃばって

プロの栽培のコツを教えるなんて100年早いのだが、、

教わったり、実際植えてみてわかったことなどを

復習や研究の意味でここに披瀝してみようと思う。


まず、デルフィニュウム。

これはこの7月より初挑戦中のまさに旬の「ホッテスト情報」。

実に記念すべきことに「作日土から芽が出た」ばかり。

「ヒデキッ、カンゲキッ!」ってとこ。

その、発芽までの要領、テクの要諦とはこうである。


デルフィニュウムは2月ころ種が出回るので購入したら

①「冷蔵庫の野菜室」に袋のまんま冷蔵しておく。

7月に播種する場合は

②①の種をストッキングにあけ、ボウルなどの氷水につけ

容器ごと冷蔵庫に1日~2日間入れておく。

③②のしめった種をビニール袋に入れ替え、ビニールの

口はしないで冷蔵庫の野菜室に2週間くらい冷蔵しておく。

④その種の先端からポチッと白い芽がめめくってきたら

はじめて128穴セルトレーや適当な育苗ポットに植えつける。

(種は高いので、1穴に1粒づつ播く)

これで10%だった直播の発芽率が70-80%位の確率に

向上すること受けあいである。

(つまりこれは、モミを発芽させ苗代を作る米づくりの応用だ)


あと、基本中の基本として、種まき専用培土がある。

ワタシの場合は「タキイの種まき培土」を、種をおくベッドの

土として使い、それを覆う覆土として「クレハの種まき培土」を

使っている。つまり、種まくために、2種類の専用培養土を

用いる。種や苗は「赤ちゃん」。できるだけいい環境を

準備して、育ちやすい土/水/気温に気を配りたい。

(ちなみに「タキイ」の培養土はふっかふかで根が張りやすく

「クレハ」のそれは重くて保水性に優れ、異なる特徴を持つ)


蛇足ながら、播種土の沈圧と水分について一言。

ベッドの土は軽く沈圧(手やポットで押し固め)、水を充分まく。

(土に水をかけないで種をまくと、芽はうまく出てこない)

そこに種を置いたら、覆土をパラパラと、1cmくらいかける。

そうしてかけ終わったら、すぐに全体にまた充分水をかける。

7月の気温だと、こうしておけば3日くらいであの難しい

デルフィニュウムも土から芽を出すことになる。

こんなノウハウは園芸書や種屋のノウガギにもない、

百姓のオッサンだけがため込んでいる栽培テクだ。





夏が来るとサザンやチューブだった頃から

「風味堂」の“からだとからだ”や“クラショションラブ”

だったりと、新しいウエーブに移ってきた。

人は歳をとり、時代は流れてゆく。

前時代のサウンドやテイストを吸収し

若い世代が次世代の表現者となる。


朝、目覚めると

庭の欅の木からカナカナの鳴く声が

大きく響く。何種類かの鳥の声もまじって。

夏をよく家族で過ごしたBrisbaneのBillの

家なら、さしづめクッカバルで起こされ

テラスでモーニングコーヒーでも飲んで

いそーな風情。あの小さかった子どもたちが今は

ハタチも過ぎ、それぞれTokyoで暮らす。


そのオットーとオッカーは自閉症の3番目と

ネコ2匹と、百姓やバイトをしながら気楽な余生を

山形の田舎の湧き水と自家製野菜をいただき過ごす。


Tokyo暮らしと田舎暮らしとドッチがいいって?

モチロンッ!ダンゼンっ、山形の田舎に決まっている!

モチロンッそんなコター、決して思わなかったケドねっ

19、ハタチの頃のオイラもカミサンも、、、


2ヶ月前は68kgだったワタシの体重が

最近65kgを切ってきた。別にワタシは

メタボでも、ダイエット希望者でもない。

むしろガクトのように、体重を増やして筋肉を

つけたい「体重加重」派だ。ところが今時期は

黙っていてもダイエットになってしまう。

それは農作業を始めるからである。

畑や田んぼのようなデコボコした地面を歩くと

足裏に大きな刺激になって痩せるんだと聞いたことがある。

勿論そういうこともあろうし、繰り返し荷物を持って

歩いたり、しゃがんだり、前かがみになったり

「農作業」とは始終体のどこかを動かし続けているから

運動消費カロリーを消耗しつつ、筋肉はしまってくるのだ。

で、トータルで、あっという間の減量になる。

本当に痩せたい、と思っているM予備軍の皆さんは

是非「百姓」になることをお勧めする。

高いフィットネスジム費も、ビリーザ、、、何とかも

必要ない。ただただ農作業をし続けるだけで「あなたも

必ず痩せられる!」ことゼッタイマチガイナイと太鼓判!

そのうえ農産物を売って、逆にお金さえ入ってくるなんて、、

こんな一挙両得のダイエット方法ができるのは当社だけですゾッ!


タダシ

タシカニ、ヤセルンダケレドモ、、、、

ガングロネーチャンニナッテシマッタ、、トカ

ネールアートノニアワナイユビサキニナッタ、、トカ

ヘビヲモオソレレヌゴーケツオンナニナッタンダケド、、トカ

カワッタフクサヨウガ、デルコトガママアリマスノデ

ソコントコハ、ヒトツ、ヨロシューゴショウチオキクダサイ

ネンノタメ。








7月20日はハボタンの種を播く日。

だれがそう決めたかは知らないが、昔からそう

決まっている。


勿論、基準日であり、遅いものは8月上旬播きでも

大丈夫である。ところが8月も10日も過ぎてから

種を播くと、ハボタンが成長しても結球しなくなる。

ここが植物と時期との不思議な蜜月関係の妙なのだ。


ハボタンは本来、花ではなく、野菜なので

種を播くと驚くほど早く発芽する。なんと2日で芽が出る。

7月20日で播いた種が10月20日には出荷できる。

3ヶ月でできてしまう園芸作物というのはほかにはない。

だから秋冬モノとして、ここ1~2年全国的に作る農家が

増え、ハボタンの価格は暴落気味に推移している。


では低迷する価格のハボタンをいかに相対的に

人よりも高く買ってもらうためにはどういう方法が

考えられるかと言うと、まず基本中の基本は

「人よりも品質の良い、出来のいいモノ」を作ることだ。

次に「そのハボタンの“旬”に出荷する」ことである。

その生き物がいきいきと輝くピークに買ってもらう。

3番目は種類と組み合わせ。ここの領域は作家の

オリジナルな“センス”の問題なので一般論では

語れない部分。しかしここも重要な価格の分かれ目

ではある。


以上、3つのことを念頭に、ワタシの今年のハボタン

栽培がスタートを切った。去年は初年度だったので

設備投資がかさみ130万の販売高に対し160万の

経費がかかり赤字に終わったが、今年は最終的に

80万を残す「2年目で黒字の経営戦略」を敷いている。

戦略の要諦は、無駄な数を作らず、50%のウエイトの

土代を30%に抑え、きれいな水やりと害虫防除の励行

というものである。これさえ徹底できれば黒字にできるはず。


お客サマである花屋さん/消費者さんがイクラなら

買ってくれるか?あとは人事を尽くして天命を待つだけ。


老人ホームの宿直バイトで80万、ホテル夜勤で80万

そしてこのハボタン栽培で80万が達成できれば締めて

ワタシの年収がやっと「240万」という

生活最低水準ラインに到達する。

ここにいたって初めてワタシは堂々たる兼業農家として

やっと一人前になれる。


この通過点を超えた時、他に作るデルフィニュウムや

さつまいものベニマサリ、冬野菜のプンタレッラなどが

余剰付加価値として意味を持ち始めるはず。

そいう面白い展開を、楽しみながら将来を展望する

余裕が2年目のワタシの中には芽生えつつある。








百姓2年目。悟ったことがある。


「姓」とは古来「職能」を表すものだったとおり

百姓とは土木・電気・機械・治水・気象・植物・昆虫・

動物・魚類・爬虫類・両生類・薬学・化学・科学・

環境衛生・共生・弱肉強食・生殖・解剖学・整体・

建築・指物師・金属加工・流通・営業・会計簿記・

経営管理・フィナンシャルまで、とにかくあらゆる分野の

知識と知恵と壊れてはいけない体と精神が求められる

「スーパーマン」のような「職業」なんだと思い知った。


知ったからといってスーパーマンに「なれる」ワケではない。

東大や京大を出てキャリア官僚になるほうがまだ楽かも、、

と凡夫が言ってみたくなるほど、百姓とは「難題な職」だ。


キャリア官僚より更にスゴイのは、、、

コレが泣きたくなるほど「モーカラナイッ!」から実に悪い!!


ウィキペディアのような膨大な資料や情報を頭に

たたき入れ、なおかつ白鵬や朝青龍かサスケの如き

強靭な肉体と、象が乗っても壊れない精神をもって

東京ドームのような畑や田んぼや栽培ハウスの中で

一人、夜明け前から日没まで黙々と働き続けるのだ。

、、、そー考えただけで「人間業」ではもはやないし

本人の主体性がそこになければ「奴隷の苦役」

そのものと言っても過言ではないかもしれない。

、、、ということで、普通に考えれば、ゼッタイにならない

のである、好き好んで、こんな「百姓」になんか!?


では何故ジブンはそんな百姓になって

2年目を迎えて、市場の大波に木の葉のように

いたぶられ、二束三文に買い叩かれる世界で

今年もヤメヨーとはせずその苦しく汚く腰が立たなくなる

百姓を続けるのだろー?


それは、この職業が人間にとって

最後の人間的な職業だと思えるからかもしれない。

「最後の人間的な乗り物」それが自転車であると

勝手に断言し、風に吹かれる心地よさが好きなワタシの

本質が、金本位至上主義の現代にまっこう逆行する

家内工業的規模の農業をやめようとは思わないワケ

なのかも知れない。