110億円でイチローが契約更新した。

ジャンボ宝くじの3億円さえ「夢のまた夢」なのに

凡夫はどう逆立ちすれば「110億」というキンスの

山を想像し、実感に近づけるというのだろう?


平均年収300万円の人が33年間働き続けると

約1億。貧しい庶民の平均生涯賃金である。


その110人分を5年契約でイチロー君は一人で

一気に、もらってしまうワケだ。もっててもしょうがない

だろーが、「1億円の家なら110棟」持てる額だ、、、


彼一流の言い回しによれば

「年俸500万円だとしたら弥生時代からプレー

していないと達成できない」金額と言うことになる。

記者会見だからってこんな言い回しが急に

思いつくはずがないように思われ、結局

イチローとはいっつもこんな言い回し一つとっても

常に研究したり、計算したり、とにかく、努力を

積み重ね、磨いているんだなー

ってことはよーくわかるのである。




遊びをせんとや生まれけん

戯れせんとや生まれけん

、、そのあとに続くのが冒頭の言葉。


ワタシは長らくこの歌の意味を考えたことがなかった。

「どーせ生きるんなら遊んで楽しく生きようよ」ぐらいに

その響きから受ける調子のよさだけ受け取って

勝手に、解釈していた。


今あらためてこの歌を調べて思ったのは

導入部は「今を楽しく遊んで生きようよ」でも

「人生はどうせなら戯れて生きようよ」でもなく

「わたしは何のために生まれてきたのだろう?」という

不条理な人生を吐露した思索的嘆息であったということ。


そうして、この歌の本題は「、、や生まれけん」の

若者の漠とした生や存在の意味、生きる意味を自問

するような2句にあるのではなく

「遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」に

主眼はあるのだということ。


この歌の主人公は遊女であれ誰であれよいのだが

結局この歌は母であり、それも、若くない、中年女性の

今は手元にはいない我が子を安ずる母性の歌なんだ

ということに、自然と思いが至ってくるのは

ワタシも我が子を思う親だから。

       
 遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん

                        ゆる
 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ
 
 
大意……遊ぶために生まれて来たのだろうか。
      戯れるために生まれて来たのだろうか。
      遊んでいる子供の声を聴いていると、感動の
      ために私の身体さえも動いてしまう。



梁塵秘抄

『梁塵秘抄』は、有名な中世歌謡の「今様」集。

それらは、遊女と呼ばれるものたちによって歌い継がれた

日本最古の流行り歌であり「野のうた、衆のうた」だった。

「今様」の発生は平安時代中期。

「今様」とは「現代風、現代的」という意味であり、

当時の「現代流行歌」という意味であった。

歌詞が、7、5、7、5、7、5、7、5で1コーラスを構成するのが

特徴で、様々な歌詞が生み出された。

平安時代末期には後白河法皇が愛好し、

法皇自身も熱中し過ぎて喉を痛めたことが史書の記録に

残されているほど。

その法皇が編纂した『梁塵秘抄』の一部が現代に伝わっている。

CDとは言わずと知れたCompactDisk、、、

CDRは、あっという間に普及したが、以前は

市場にはなかったCDのRecorderのこと。

今や「大昔」のカセットテープばりの使い勝手に

やっとたどりつきましたネン、CDも。

そんなCDRをカミさんが大型スーパーに入っている

カメラ屋さんからもらってきた。なんでもデジカメ写真を

そのCDRに現像したいとこだけチョイスし録画し

持って行くか、ネットで注文するとプリント代が

10%OFFになるんだとか。

工業製品はカクのごとく日進月歩で変わりゆき

ネット社会はワタシのようなブロガーと買い物に行く

その妻をも巻き込みながら、確実に広がり定着した。


さて、一方の農作業はというと

「作業」と言うとおり、あいも変わらぬ肉体労働が

単純に、延々と、腰が立たなくなるまで、日が暮れるまで

指がピントと延びなくなるまで、土が指紋の溝を埋める

まで、辛抱強く、続けられている。ネットで消費者に直接

農作物を販売する農家も増えたが、9割方は大昔然と

農作業を続けているのが現状。改善の余地はゴマンとあるが

パソコンのように、CDのように、それこそCompactでは

ないのが農地であり、農業機械なもんだから、金が

かかりすぎることが大きな一因で、改善が進まない。

その根底にある要因は「農業する百姓の数」の問題である。

以下の資料は『日本の農業:グラフでみる日本の農業』

からの抜粋であるが、、、


“日本の農業人口は毎年の様に減り続け歯止めが掛かる

様子はありません。ちなみに昭和40年には約1200万人

近くいた農業就業人口は、平成11年には384万人にまで

減っています。さらに、その年齢別構成となると

15~44歳 14%
45~54歳 12%
55~64歳 23%
65歳~   51% 

となっており高齢化現象がはっきりと現れております。”


、、、ということになる。ここまでくるとピンッとくるでしょうが

トラクターやコンバインは400万とか700万とかベンツ並みの

高額になんでなるの?かが自ずとおわかりいただけよう

というもの。買う人が、購買層が、圧倒的に少なすぎるわけだ。

その少数民族に対してクボタだ~イセキだ~が群がって

売りつけるわけだ「親戚づきあい」などとニコニコしながら。

TOYOTAのカローラが今年も販売台数日本一とか

TOYOTAが売上世界一とか、SUZUKIがアジア圏で世界トップ

とかは聞くでしょうが、クボタやイセキの販売台数1位は

話題にも上らないし、聞いたことがないでしょ?、、

、、トーゼンですよねー買う人がいないんだもん、、、

、、前の借金はあるし、米は儲からないし、野菜も10円だし

数年で新車なんて買い替えられっこないっつーの、、、、、

結局、百姓を食い物にしている企業にしてみれば

新型機械開発費や製造費を日本の百姓384万人で

割って原価を出し、それに儲けを20~30%上乗せし、

計算すると、ドー考えてもベンツばりの価格にしか

できない計算になってくるのが現状なのでしょう。

これでは農業機械屋も早晩、死活問題になる。

日本の農業が儲からず、従事する百姓が高齢化し

減り続けるのだから、クボタもイセキも日本から

いなくなって中国に本社を構える日が来るかもしれない。

日本の農業世界とはかくのごとき「風前の灯」状態にある。




以前、全世界の人口65億人中、日本人に生まれる

割合は約2%に過ぎないと、書いた。さらに考えた、

その日本の48都道府県の、この東北の山形県に

生まれる確率は何%だろうか?と。 さらに考えた、

卵子が受精し生命が誕生するのに、精子は2億匹の

中の1匹しか卵子に到達できないこと。そんなことを

考えると、ワタシがこの地球の、この日本の、この東北の

この山形の、あるサラリーマンの一家に生まれるという

確率はそれこそ石川啄木の言う磯辺の一握の砂のその

中の一粒ほどの、いや、それこそ「全宇宙の塵の一つ」

を探し当てるほどの希少さに違いないと思われた。


その中で男女が出遭い、結ばれ、また子を授かる。

その営みというのは、見回せばどこにでもあるような

ことのようでいて、まさに宇宙的には0.00001%くらいな

奇跡の確率で人が出遭い、新しい誕生を得るのだと気づく。


その中で、不幸にして早く逝ってしまう人も中にはいる。

病気になることもある。精神を患う時だってあるし、様々だ。

49で亡くなる人もいる一方で、80代の寿命をまっとう

できる方もいる。百歳まで生きる「サマージャンボ」1等賞

みたいな人も稀にいるが別格中の別格であって、

常人が「神様」を目指すようなものであってここでは不問。


贔屓のブロガ-「みさぴょん」サンは4月28日に「サクラチル」

の記事を最後にぱったり2ヶ月以上音信不通になっていた。

そのわけを7月8日の夫君へのレクイエム記事に接し

初めて、衝撃に打ち震えながら知り、実にせつなくなった。

前文の「確率」はその悲しみに落ち込む今のみさぴょんサンには

まったくどーでもいいことだった。


我が家の夕べの食卓には

貧民が贅の限りを尽くした食材が並んだ。


隣町に新しくオープンしたスーパーは

わが町を見下ろせる一段高い標高にあり

日中の暑さを凌げる高原にも見立てられるし

夜になれば街明かりを夜景として楽しめる

言ってみれば「函館山」か「東山」みたいな所で

途中にあるポプラ並木もミニ北海道気分を味わえて

結構足しげく行くお気に入りドライブスポットだ。

爽やかな5月の風が吹く頃、自転車で来ることもある。


さて、そのスーパーの鮮魚コーナーはおすすめで

きょうが「お魚の日」(勿論店が勝手に決めた日)だったせいか

内陸のこの地ではほとんど見かけぬ魚介類が並んでいた。

まんずは「北海道産:馬糞ウニ」ガラス製の肉まん型ペーパー

ウエイトに、短く黒く硬い毛で表面を覆ったような新鮮な生ウニ。

カミさんを手招きし、それを指差したら、ウニに目が

ない彼女は「馬糞ウニってはじめて見たっ!」って小躍りし

速攻でしっかり買い物カゴに入れていた。@498円。

その隣に並んでいたのがこぶし大の小さな毛蟹。@398円。

長年、仕事で函館朝市、札幌二条市場に通いなれていた

ワタシは、カニの実入りかそうでないかは持った重さで

わかるようになっていた。小さいが「なかなか重いなっ!」

ってワタシが見立てたら、次の瞬間、それもカゴに入っていた。


これからシゴトのカミさんは「じゃ、私、お弁当買ってまっすぐ

会社に行くから」って言い置いて、

その高価な食材の入った買い物カゴをワタシに手渡し

去って行ってしまった。残された者は「会計係かよ、、、」


まっ、行く行くって言っておきながら

新婚旅行以来、一度も連れて行ってあげてない北海道に

これで行った気分にでもなってくれれば全く安いもんだと

気持ちを切り替えて、そのほかに

北海道産スルメイカ、旬の鰹のたたき、

平牧三元豚の「半額」うす切りもも肉もカゴに

放り込み、レジに進む。

で、本日の夕餉の合計金額は、しめて1,817円なり。

ワタシの通常の買い物の額の2倍の出費ではあった。

が、親子三人@660円で函館グルメの旅に行ったと

思えゃー、お徳にもほどがあるっ!てーところだ。


勿論、午後から農業ハウスの土方作業に汗水した夫と

医療事務の土曜クラス講師として授業を受け持った妻と

自閉症がかってはいるが白猫2匹とちゃんと留守番した娘と

3人で、豪華北海道物産市試食三昧和食処の本番が

盛り上がらないワケはなかった。

イカ刺しの歯ごたえと甘み、たたきの香ばしさと軟らかさ、

実入りの毛蟹の肩のあたりのニクの旨味に、ミソまでつけて

「圧巻は馬糞ウニ」殻ごと生ウニとの格闘グルメ!

でもこれらの食材はゼーンブ1ヶだけ、、、それを

試食のように3人で味見しーつつ盛り上がっていく。

貧民の、なんと健気でササヤカナガラモ最高に贅沢な日。




先日は、最上町の住民と「ワタシ」の

平均年収180万円なり、どっこい、自然とぬくい人間味が

あって気分は充分幸せだぜ、っていう境地に浸っていた。


が、同じ新聞に、県の市町村長の年収が掲載されヒヤ水を

あびせられた気分に急転。なんと、コトモアローに我々の

税金から払われるオラホの市長サマの年収は1,600万円だって

言うでねーか!?オヤマンズッ、オッラー、オッタマゲダやら

アギレケーッタやら、ハラガタツやら、ムシズガオサマラナイやら、、


そもそも、だ、バブルの時代ジャーあんめーし

この一般庶民が、200~300万円の年収や年金で日々の生活を

やっとこさやりくりしてるっチュー時代に、何が公務員の長たる

市長が1,600万円でございますッてシャーシャーと言えるんだ!?

それも「オラダの税金でだぞー!!」


市役所のシャジョーはどこかの一流商社のシャチョーと一緒で

そんくらいもらうのが当たり前だとでも言うのか!?

国会議員の恩給係同様「そのように法律で決まっております」とでも

反論するんかい?

っだからお前たち政治家ヒトマルギ衆は「庶民生活感覚が欠如」した

欠陥人間たちだって言うんだっ!!

でなければ、ただの「保身議員たち」ばっか、だっ!

そんじゃーよー、シチョー、マツリゴトをつかさどってるっては

いつまでたったッテ、言われねーヨッ!

おまけに「これまでの慣例ですから」って、県議や市議の

当選議員に「公費で」酒2升づつ、年間にして16万円なりを

支出してるって言うんだからオメデタイ!「公費での支出と

贈答」なら選挙違反にはならないが、1,600万円からの

ポケットマネーで酒を送ったら「贈賄」で逮捕されるのだソーナ?

一般の皆さん!ワカリマス?この理屈?ワタシには「???」


政治家とは所詮そんな『私利私欲人間のゲノゲッ』っくらいに

見下げデモしないと、溜飲が下がらない、

まったく困ったギイン手前味噌天国日本のいびつな現状です!




「豊かさ」と「幸せ」の基準は

人それぞれに違う、格好な命題。


本日の朝刊の地元版に

「最上町住民の平均所得は180万円なり」とあった。

月給にすれば15~16万円。どうやって食っていけるの

っていうレベルだろうな、街場の人からすれば。

東京あたりの相場で言えば、マンション家賃10万円で

食費/生活雑貨費が5~6万かかれば何も残らない計算。

税金さえ納められないことになる。

いわゆる生活保護世帯の13万より、税金が付いて回る分だけ

まだ悪い、と言える。


それでも、街ではなく、自然と心やすいご近所衆以外、

何もない「この最上町がいい」という若者が紹介されていた。

地元の測量設計会社に勤め14~15万円の手取りしかない。


ご近所から、山菜ば採ってきたからといってはもらい物をする。

代わりに、冬は、年配者の家の雪下ろしをしてあげている。

温泉旅館に顔を出し「お湯、使わせデけらっしゃいっ」って

ただで温泉で汗を流したりもできる。時には湯上りに主人が

「イッペーやってぐが?」って気安く酒飲みにいざなう。

既に近所の大工や百姓、川魚漁師などが赤ら顔で笑っている。

そんな田舎の低所得同士ながら、楽しい暮らしが

東北には残っている。


ワタシも夜勤をひとつ増やしたので月にすれば2つの夜勤勤めで

日本純粋兼業農家の「百姓のサラリー14万円なり」になった。

そんで、こういう記事には、ヒトキワ親近感をおぼえる。

「人生の価値観」「生きる意味」「何をもって幸せ?」を考え、

自分の生き方、行き方、逝き方を見定めることは

時折立ち止まってやったらいい。

「金はむしろ無いくらいでいい」

「山にいきゃー山菜だってあるし」

「最上川では魚も獲れるし」

「雪も降るけんど、四季の移ろいや水と空気のんまさ」

、、、、、、ワカンナイダローなあ、ハガケンジ君たちには








先日、NHKTV『プロフェッショナル仕事の流儀』で

肝臓外科医:幕内雅敏医師を見た。ビックリした、

「365日24時間医師」を貫く人、だった。

彼の元に来る患者のほとんどが他病院で手が付けられず

余命数ヶ月と医師に宣告された肝臓癌末期の人ばかり。


番組取材中、コトモアローに、膵臓からの転移で肝臓に

70もの癌が見つかった患者が登場し、執刀する場面へ。

開腹してみれば、みえなかった癌が特注の超音波エコーで

更に明らかになり、70を超える癌であることが判明。

13時間に及ぶオペで、なんと99個もの癌を全て摘出し

患者を孫と遊ばせるまでに快復させてしまう様子が

淡々と映し出されていた。

驚くべき世界中が注目している医師だ、という。


患者と向き合う時いつも言い聞かせている言葉がある

と幕内が言う「自分が最後の砦」なのだと。

オペ中、窮地に立つ場面がきても

「冷静に、落ち着いて、慌てない」強靭な精神力。

長時間に及ぶ執刀で、若手助手たちもボーとする中

「頭が働いてないぞッ!」と叱り飛ばす「集中の鬼」。


60だぞ、この男、、、とワタシは思った、、強靭すぎる

人間とは思えない体力 気力 脳力 指先の繊細さ、、、

日原先生のようにクリスチャンの使命感を見せるわけ

でもないこの幕内雅敏という男の、原動力とは何なのか?

10数時間の執刀後にも疲れに押しつぶされず

詳細な記録を書き続け、それを繰り返してきた精神力は

一体どこから湧き起るものなのか?

「舌を巻く」などという表現では到底及ばない「凄み」が

この医師にはある。


「今の自分があるのは圧倒的な勉強量と、30年間

執刀し続けてきた一つ一つの積み重ね、と、その記録」

に依るのだと、番組は言っているようだ。


彼の365日のことを思うと

自分はなんて怠惰で 不勤勉で 集中力のない

勉強しない毎日を送っているコトダロー と思ってしまう。

ましてや「金儲けの算段」なんて、、、市井の一庶民の

ちっぽけさがやけに下衆に思えた。



アゲハチョウが畑の水路脇で

美しい姿のまんま横たわっていた。


何故、あれほど醜いイモムシが、美しい蝶になるのか

いまだに不思議だ。

もしかしたら、人間は今がイモムシの段階なのを

神様が示唆しているのかも、、、しれない、と思った。


今年81になった義母がウチからほど遠くない介護付き

施設に移った。大正15年生まれ、千里を行って千里を帰る

トラ年生まれは、若くして離婚し、看護婦を続けながら

一人娘を母一人で立派に育てた。その一人娘を

4大まで行かせ、そこでめぐり合ったコトモアローに

このワタシに嫁がせるのだ。そして退職を機にワタシたちと

協同して家を建て、一緒に住むことになる。

離婚したイヤな思い出のこの県に舞い戻ることになってしまった。

そして、おそらくは「終の棲家」になるであろう新施設に

隣町の施設から越してきた。この町こそ、結婚し嫁いで来

一人娘を産んだ、過去の因縁の地そのものだった。

なんという因縁だろう?


その義母はもういつ自分が逝ってもいい心積もりはできて

いるらしく、特別ナニが食べたいとか、ナニが着たいだとか

欲はなくなり、質素にいつもどおりの自分のペースで、毎日を

逝くその時まで過ごせればいい、といった高見の境地に

達しているようにワタシには思える。

そんな母を見ていると潔いとも思うし、

どうか100までも気丈で生きていて欲しいとも思う。

勿論老いさらばえれば人間生きていること自体しんどい

ことは「老人施設の宿直員」にはわかる気がするが、、。


固まっていく肉体はサナギなのではないのだろうか、、

サナギが硬化し乾く時、人はきっと飛び立つのである

と今は思える。