公開日: 2023/6/6

タイトル: Courtroom Sketch
ポッドキャスト: 99% Invisible
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概要:
ロサンゼルスで数十年間法廷画家をやってきたエドワーズはこれまで、マイケル・ジャクソンやハーヴェイ・ワインスタイン等の著名人から連続殺人犯の裁判まで、話題となったケースのスケッチを手掛けてきた。しかしベテランの彼女も、カメラには勝てないと認めている。では撮影技術が発達した現代、なぜ法廷画家は存在するのか。

 

1932年3月1日飛行士チャールズ・リンドバーグの1歳8か月の息子が誘拐され、捜査及び身代金支払いの甲斐なく、遺体となって発見された。警察はドイツ系移民のリチャード・ハウプトマンを逮捕。1935年1月2日に開かれた裁判には、約700人の報道陣が詰めかけた。当時のカメラは動画、静止画撮影ともに目にも耳にもうるさかったため、影響を懸念した裁判官は裁判進行中の撮影を禁じた。法廷のバルコニーに設置されたニュース映画のカメラも証言中の撮影はしないはずだった。しかし、検察官の尋問により被告人が警察に嘘をついたと認めるやり取りが公開され、劇場は大盛況となった。

 

判決を待つ人々が裁判所周辺に集まった。しまいには「ハウプトマンを殺せ」と騒ぎ出し、石を投げる輩まで現れた。結果は有罪、死刑。ニュース映画が判決に与えた影響の度合いはわからないが、派手な報道を疑問視する声があがり、厳粛で公平であるべき裁判に対する報道のあり方が見直された。アメリカ法曹協会はCanon 35と呼ばれる倫理規範を制定。法廷での写真及び映画撮影、ラジオ録音を禁じた。拘束力のない規範ではあったが、多くの州がそれにならった。1946年には政府が連邦裁判所でのカメラの使用を禁じた。

 

このカメラ禁止令に加え、1960年代のテレビの普及が法廷画家の採用を後押しした。毎夜ニュース番組が放送されるようになり、有名な事件の報道への需要も高まった。テレビ局はカメラがダメならとアーティストを裁判所に送り込んだ。法廷画家の先駆けの一人ハワード・ブローディは、1964年にCBS Evening Newsに雇われた。ケネディ大統領暗殺犯とされるリー・ハーヴェイ・オズワルドを銃撃したジャック・ルビーの裁判の様子を描き、法廷画家という職業の道を開いた。

 

機材を持ったカメラマンと違い、画家は周りに溶け込んで仕事ができる。証人や陪審員等にプレッシャーやプライバシーに関する懸念を抱かせることもない。法廷画家は通常、話題性のある裁判の描写のためにテレビ局に直接雇用される。正確性とスピードが求められる大変な仕事だ。カメラのように劇的な瞬間をとらえた印象的なスケッチもある。

 

しかしやはりカメラを入れるべきという声も根強い。60年代には既に、司法に対する監視の目として、また教育リソースとして、より高性能になったカメラの使用許可を求める声があった。70年代には実験的に放映を許可する州裁判所が出始め、90年代にはほとんどの州で使用が許された。Court TVという法廷中継、関連プログラム専門のネットワークまでできた。連邦裁判所も放送に加わったが、法曹協会も異論は唱えなかった。

 

法廷画家たちがキャリアチェンジを考え始めたころ、O・J・シンプソン事件が発生した。引退したアメフト界のスターが殺人事件の被告人となった裁判に世界中のメディアが押し寄せた。スケッチを担当したエドワーズはメディアの影響を目の当たりにした。カメラに合わせて台の向きを変える弁護人、気合いの入ったおしゃれをする証人等、カメラの存在は裁判の公平性に寄与するどころか明らかに悪影響を与えていた。コメディアンはサーカスのような裁判に大喜び。8か月もの期間中ネタにし続けた。それまでカメラを許容していた裁判官は手のひらを返した。現在も連邦地方裁判所ではカメラは禁じられており、州裁判所や刑事裁判所はケースバイケースではあるが、記録デバイスに抵抗を示す裁判官も少なくない。

 

しかし時代も動く。2021年3月、ミネソタ州でジョージフロイド死亡事件の裁判が開かれた。コロナ禍で法廷に入れる報道関係者の人数制限が厳しかったことと事件の重要性を鑑み、裁判長は撮影対象に関する条件付きでのライブ配信を決断した。配信は滞りなく行われ、当初反対していた首席検事もカメラの導入を支持するようになった。2023年3月、ミネソタ州最高裁判所は刑事裁判でのカメラの使用権を拡大する判決を下した。2024年からは放送に際し、被告側検察側双方の許可は不要となる。また上院でも、最高裁判所にカメラを入れるための超党派による議案が提出されている。

 

最高裁判所は弁論の録音は行っており、一般公開もしてきたが、数年前、パンデミックの影響でオーディオのライブ配信を行うようになった。しかし2020年5月、事件が起こった。トイレの流水音が配信されてしまったのである。言うまでもなく、一体誰が用を足したのかと話題になり、詳細な検証記事まで発表されてしまった。面目丸潰れだが、判事も人間なのである。

 

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世界の偉人として名前だけ記憶していたリンドバーグが法廷の歴史にも関わっていたとは驚いた。数十年のキャリアを誇る法廷画家たちの絵を作品として見てみたい。
最高裁のZoomトラブルには笑ってしまった。報道の規制緩和の前にまず裁判関係者のIT教育から始めなければならないかもしれない。