公開日: 2023/3/8 
タイトル: The value of good teeth
ポッドキャスト: Planet Money
記事/原稿URL: 

https://www.npr.org/2023/03/08/1161994484/marketplace-broken-teeth-economic-effect

概要:

11歳のライアンはある日テレビ番組に影響を受け、友達とソープボックスカーと呼ばれる木箱の車を作ろうと思い付いた。箱の釘を抜く作業中、友達のハンマーが勢いよくぶつかり、前歯一本の半分ともう一本の一部が欠けてしまった。母親は痛みでまともに息もできない娘を連れて歯科に駆け込んだ。コンポジットレジン修復を行った歯科医は、あくまで一時的な処置だと言ったが、ライアンの家庭に余裕はなく、彼女が治療に戻ることはなかった。

 

家計が苦しく夫婦喧嘩の絶えない家庭に育ったライアンは、より安定した生活を目指し、18歳の時に海軍士官養成プログラムに入った。候補者は全員歯科検診を受ける。彼女の場合コンポジットレジンが摩耗していたほか虫歯も多かった。すべて治療してもらえるという幸運に喜んだのもつかの間、コンポジットレジンを取り除いてから治療までの短期間にライアンは肩を脱臼し、服務不適合者として除籍されてしまった。

 

少しでも時給のいい職を探して様々な職を試し、テクニカルサポートに落ち着いたが、収支がトントンの生活が続いた。3分の2ほどになった彼女の前歯は笑顔を見せると悪目立ちしてしまう。21歳になる頃には初対面の人に笑顔を見せるのを恐れるようになった。欠けた歯が彼女の貧しさを宣伝しているような気がした。治したくても3,000ドルの治療費用などあるはずもなく、家族もあてにならなかった。

 

そうこうしているうちに息子が生まれ、彼女は転職の決意を固めた。その年に30回以上も面接に行ったがどれもうまくいかなかった。順調だと思っていても急に雰囲気がおかしくなる。自分が落ちた仕事に就いた友人に聞いても、能力的には問題ないし、あなたはフレンドリーだし、と首をかしげるばかり。そこで思い当たった。フレンドリー過ぎたのかもしれない。面接が進みリラックスして笑顔を見せた時、面接官が彼女の欠けて茶色くなった歯を見た時、雲行きが変わったのはその時だ。

 

歯が原因なんじゃないか。

 

疑いを確信に変えたのはモトローラの面接だった。友人から上司に推薦してもらい、能力的には落ちるはずのない面接に落ちた。後で理由を聞いてもらったところ、彼女の細さと歯を見て覚醒剤中毒者だと思ったというのだ。ライアンは治療を決意せざるを得なかった。数十ドルずつ貯めようとしたがお金は様々なことに消えていく。自分が受けられなかった歯科検診を息子に受けさせることも大切だった。たとえ自分の食事を減らしても息子に同じ苦労はさせまいと努力した。

 

米国歯科医師会の研究によると、低所得者の3分の1が、彼らの歯の状態が面接に悪影響を与えていると答えた。また別の1000人を対象としたアンケートでは、半数以上が歯並びの綺麗な人がより成功していて裕福であり、歯並びの悪い人と同じ職に応募した場合により採用されやすいと思うと答えた。つまり歯並びの良さが成功を決めると考えられているのだ。ライアンにとってそれは現実で見てきたことだった。

 

20代半ば、ライアンは職を解かれ生活保護を受けていた。日常的に必要な歯科治療は当時の州の医療費補助制度では対象外で(現在でもほとんどの州は対象外)望みがないように思えた。しかし父親との電話が運命を変えた。父親も歯が悪かったが、ついに入れ歯を入れることになったと聞き電話をかけた。嫉妬や恨みは口にせず、お祝いの言葉と自分も歯のために貯金している旨を伝えると、数か月後電話がかかってきた。なんと祖母が2,500ドルを援助してくれる予定で、歯科医には既に予算内で入れ歯治療ができるよう話をつけてあるという。彼女の人生がひらけた。

 

初めて入れ歯を入れて帰った日、彼女は一目散に鏡の前に行き、微笑み、そして泣いた。その日は微笑みすぎて頬が筋肉痛になった。鏡の中の自分は別人ではなく、やっと本当の自分に会えた気がした。面接も難なく受かった。治療から19年、ITエンジニアとして充実した生活を送るライアンだが、未だに歯に関する悪夢を見ることがある。治療後初めて受けた面接後に呼び止められたことも忘れられない。歯並びが良くて素敵な笑顔ですね、と。

 

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子供の頃のアクシデントで長年苦労した彼女が報われた瞬間、私の目にも涙が浮かんだ。見た目で中毒者と決めつける採用担当者には呆れてしまうが、それだけ米国社会に薬物が蔓延しているのだろう。私も少しガチャ歯で、綺麗な歯並びの人を見るとうらやましく思ってしまうが、愛嬌と能力で補っていきたい。