公開日: 2022/08/24
タイトル: TikTalk
ポッドキャスト: Twenty Thounsand Hertz
記事/原稿URL: 

 

概要: 
2008年、結婚25年で夫を亡くしたベブは、悲しみに暮れる日々を送るより何かをして気を紛らわせたいと、たまたま見つけたボイスオーバーの週末ワークショップに参加した。マイク前で集中し他の誰かになりきる作業は、彼女の心を悲しみや悩みから解放し癒しを与えてくれた。家族の死を乗り越えるため声の仕事を始めたベブだったが、持って生まれた才能とご縁に恵まれ、程なくしてフルタイムの声優となった。
 

2018年、Chinese Institute of Acoustics(中国科学院声学研究所)を代表しているという人から面白い仕事を紹介された。翻訳アプリの音声読み上げ機能に関わる仕事で、1万文読んで数千ドルになるという。自然な音声を作るためには様々な子音と母音の組み合わせを網羅する大量の音声データが必要となる。また声の調子を均一にするため毎日同じ時間帯に録る等工夫しなければならない。ベブは3か月程かけ1万もの文を読んだ。その多くは音の組み合わせを重視した、意味をなさないとんでも文だったが、中でも彼女のお気に入りは、"Maybe tomorrow we can rent a car and run over some puppies.(よかったら明日レンタカーで子犬を轢きにいかない?)"であった。

 

数か月の録音がすっかり過去のこととなった2021年11月、友人や家族がTikTok動画を送ってきた。この声あなただよね?と。翻訳アプリ用に録音したはずのベブの声は、いつのまにかTikTok 北アメリカ用の初期音声として使われていた。彼女が意図的に抑揚をおさえた声は、おかしな映像と組み合わせると、その単調さとのコントラストが面白みを倍増させた。ベブの声を使った動画はバズり、彼女が言うはずのないことをTikTokに読み上げさせるユーザーが続々と現れた。

人気に反してベブは困ってしまった。卑猥な言葉を読み上げる音声がネットで広まれば、多数のファミリー向けコマーシャルに出演する彼女の声のイメージが崩れてしまう。またTikTokの声として認識されてしまうと他企業は使いにくい。当時TikTokは急成長を続け、ユーザー数は北アメリカだけでも1億を超えていた。企業の公式アカウントもベブの合成音声を使っており、これは企業の広告に無料で声を提供しているようなものだった。

仕事や私生活への悪影響を恐れ、自分にも声の使用に関する選択権があって然るべきと考えたベブは、同業者でもある弁護士に相談した。メリットやデメリットをよく話し合ったうえで、ベブはTikTokを訴えた。メディアはすぐに飛びついた。さらなる注目がストレスとなったが、同業者からのサポートの声も挙がり、ハッシュタグ#standingwithBevが広まった。


覚悟を決めて大企業を訴えたベブだったが、TikTokは意外にも協力的だった。訴訟を起こしてから2週間以内に彼女の声は削除され、短期間のうちに抑揚のある個性的な"Jessie"の音声に差し替えられた。ユーザーはこの変更を歓迎しなかったが、TikTokは音声差し替えの機会を発展させ、後に読み上げ音声の選択肢を増やし、また歌わせることができるようにアップデートした。
ベブも現在ではTikTokの昔の声を再現する仕事を受けるようになり楽しんでいる。

 

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三方よしの結末で気持ちのいいエピソード。キャリアをかけてTikTokを訴えたのもすごいけれど、彼女が声優になったきっかけも強く印象に残った。人生の後半に入ってから天職を見つけ活躍を続ける彼女はかっこいい。