公開日: 2022/6/15
タイトル: Let them eat lunch
ポッドキャスト: Planet Money
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概要: フランスの大学で英語教員を務めるケイトリンはカルチャーショックを受けていた。

フランス人の多くは昼休みになると外に出て、仕事を忘れて1時間半~2時間食事を楽しんでから職場に戻る。しかしアメリカ人の彼女は仕事がしたい。持参した軽食を自席で食べて生産的に過ごしたい。昼休みを自分の好きなように過ごしたいだけなのに、ゆったりとしたランチタイムにプライドを持っているらしいフランスではこれが結構難しく、かつての上司には、せっかくの昼休みの時間を使い切っていないようだね、なんて言われたりもした。これは単なる文化の違いの問題ではない。フランスにはなんと、労働者が自席でランチを食べるのを禁ずる法律があるという。

さすが自由の国フランス!食事を楽しむ伝統を重んじて法律まで定められているのだ!と、多くのフランス人も誤解しているが、この法律は実は食事とは全く関係がない。

 

歴史は産業革命で働き方が変わった19世紀まで遡る。屋内の仕事が増え、水銀、煙、埃等、様々な有害物質が充満する室内で働き続ける労働者への健康被害が懸念されていた。1894年、食事休憩時には従業員を全員外に出し、換気をしなければならないという法令が定められた。

これにより職場の空気は改善されたが、勿論弊害もあった。通りに人があふれ衛生環境が悪化した。女性へのハラスメントもあった。またランチを持参してきた女性の労働者は道端で食べるわけにもいかず困ってしまった。初めての女性によるストライキが、裁縫師たちが職場で昼食をとる権利を求めたものであったことも頷ける。しかし医師が多かった国民議会が特例を許すまで10年かかった。その間に人々も店も適応していった。

 

フランスでは朝食は7時から8時半、昼食は正午から13時半と、食事をする時間が概ね決まっており、これは1世紀ほとんど変わっていない。食文化史研究家であるマーティン・ブリューゲル氏は、19世紀の法令が食事をするタイミングの均一化にも影響を与えたと考えている。

 

2021年、新型コロナウイルスがこの1世紀以上続いた伝統を崩した。ステイホームだ。レストランは営業を停止し、昼休みに職場を離れることも義務ではなくなった。このままランチ法令が廃止されてしまうのではないかと危惧したブリューゲル氏は、様々な資料にあたり、19世紀の法令が21世紀の現代においても人々のウェルビーイングに貢献していると結論付けた。

充実したランチタイムは間食を減らし、鬱や燃え尽き症候群に悩む人を減らす等、心身ともに健康に良い。また時間を区切ることで、より集中して業務に取り組むことができるため生産性につながる。そして同僚と休憩を共にすることでより働きやすくなる。さらにはふとしたきっかけから、普段接点のない人々との出会いやコミュニティが生まれることもある。ランチはブリューゲル氏の生涯の伴侶となる女性とのコミュニケーションにも役立った。ケイトリンも現在の職場では、タイミングが合えばランチ後のコーヒータイムに参加している。

 

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法律が人々の行動を変え、街並みを変え、ついには伝統文化として誇りをもって認識されるまでになるとは興味深い。

勤務先の本社がドイツにあり有給休暇が多いので、欧州はワークライフバランスを大切にする国が多いというイメージを抱いていたけれど、先日州ごとではない国全体の祝日を数えてみたら日本に比べてあまりに少なく、国の制度を有給の多さでカバーしているように見受けられた。身の回りの当たり前だと思う慣習にも意外な起源があるのかもしれない。