公開日: 2021/5/26
タイトル: The Leaky Pipeline
ポッドキャスト: Twenty Thounsand Hertz
記事/原稿URL: 

 

概要: 80年代フランス。レコーディングスタジオを経営していたエリザベスとパスカルは、映画公開後数週間程度で製作者から音質に対する苦情が寄せられることに気付いた。当時は35mmフィルムに直接音声が焼き付けられており、上映を重ねると劣化した。世間ではCD等のデジタルオーディオが普及し始めており、2人は映画音声のデジタル化に取り組み始めた。フィルム上の物理的スペースには限りがあり、またフィルムの摩耗とともに音質も劣化してしまう。そこで直接の焼き付けは諦め、フィルムに記録されたタイムコードを基にディスクに保存した音声を再生する方法を用いた。しかし今度はタイムコードを読み取る時間がタイムラグとなる問題に直面した。

試行錯誤のすえ、2人は短時間のバッファメモリを使って音声を遅延や中断なく再生する技術を確立。LC Conceptという社名で特許を取得した。英語が話せるエリザベスが広報となり、『スター・ウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』シリーズ等を手掛ける米国のスカイウォーカー・サウンドに営業に出かけたりもしたが、同様のアイデアにたどり着いた大手が現れる。2人は特許を死守するためフランス国内の規制機関に訴えた。

「相手はコダックとドルビーですよ。わかってます?」

「相手は2社。こちらも2人。いい勝負でしょ」
コネもお金もなかったが引く気はなかった。LC Conceptの技術は数年の間に『シラノ・ド・ベルジュラック』、『氷の微笑』等大手の映画数本に採用された。

ドルビーは『バットマン リターンズ』で新技術をお披露目。しかし当時コダックとドルビーはデジタル音声を直接フィルムにのせていた。これは前述の劣化につながるが、程なくDTS(Digital Theater System)が参入。DTSではフィルムに記録されたタイムコードに基づきCD-ROMが作動する。つまりLC Conceptとほぼ同じだった。DTSと協議を行い、ヨーロッパはLC Conceptに、と提案したが受け入れられず、また彼らの買収提示も金額が低過ぎて納得できなかった。DTSはその技術を『ジュラシック・パーク』で1,000もの劇場に導入するのだと強気だった。

特許を取得したフランス国内では裁判所命令を出してもらい、映画館に警官を配備してDTSの利用を防ぐことができた。しかし他国ではそうはいかない。スピルバーグ監督に直接訴えようとしたが、コンタクトを取ろうとする度弁護士にブロックされてしまう。最後の手段としてコンベンションに参加予定の監督を直撃することにした。訴訟費用がかさみ、友人宅に寝泊まりするような状況に陥っていた彼女にとって、これが本当のラストチャンスだった。友人によると控室の近くで待機してうまくタイミングを合わせれば、怪しまれずに一緒に控室に入れるという。エリザベスはトイレに隠れた。セキュリティの巡回をやり過ごし10時間待った。

ついにスピルバーグ監督が来た。エリザベスは自分が置かれた状況を話し、名刺を渡した。翌日監督の弁護士から連絡があった。監督がユニバーサル(ピクチャーズ)に協力して解決策を見つけるよう話をつけてくれたのだ。最終的にはDTSが特許を買い取る形で落ち着いた。

この技術はアナログ映画用のもので、長くは用いられなかったが、翌年のアカデミー賞ではデジタルオーディオの受賞ラッシュだった。ドルビーもDTSも受賞し、10人を超える関係者が壇上に上がったが、2人の姓のイニシャルからなるLC Conceptはパスカルが受賞者となった。女性だから、とあきらめざるを得なかったエリザベス。現在では、音響、サウンドエンジニアリングの世界で多くの女性が活躍するようになったが平等にはまだ程遠い。この話は2019年出版の"Women in Audio"に収録されている。


---

少し遅くなってしまったけれど、耳の日と桃の節句にちなんで選んだカッコいい女性のエピソード。ほろ苦いエンディングによる問題提起も含め、英語ネイティブではないフランスの小さな会社の女性がアメリカの大手相手に諦めずに闘ったこの話こそ映画にしてほしい。