藤森俊希さんの国連での被爆証言・通訳後記 | 019|まる・いち・きゅう

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ニューヨーク国連本部で核兵器禁止条約にむけた交渉が始まった。

 

会議用のパス

 

この会議の初日の昨日3月27日(月)、広島で被爆をした藤森俊希さんが証言をした。私は藤森さんの証言を同時通訳するというミッションを受け、会議に参加した。
 

7分。
 

藤森さんと私はここに72年間分の思いを込めた。
 

私は今回、藤森さんの思いを国連の会議に参加しているすべての代表者にしっかり伝えたい人間として通訳という役割を引き受けた。だから、藤森さんと同じくらい緊張した。
 

主役は藤森さん。あの日、あの時、あのきのこ雲の下にいた藤森さんが自分の目の前にいるということを、聞く人は感じる。それが被爆者の証言の力。
 

国連総会本会議場で証言をする藤森さん

 

だけど、かなしいかな通訳は脇役にも関わらず証言を台無しにする力を持っている。みなさんは当日、藤森さんの姿をみて、でも私の声を聞く。

 

文書の翻訳や逐次通訳の場合、発言すべてを訳した上で、聞き手に聞きやすいように少し情報を加えたり、順番を変えて同じ情報を伝わりやすくしたりすることができる。しかし同時通訳は違う。発言者の発言しているのとほぼ同じタイミングで同じ意味の訳が流れることが大事。何よりも、藤森さんの気持ちが伝わらなければ意味がない。
 

藤森さんには原稿をもらってから、わかりにくいところを指摘したり、説明を求めたりした。英語でも力強いメッセージになるように、日本語を変えてもらった部分もある。ピースボート川崎さんと一緒に核軍縮の最先端の事情を反映させるようにこまかな表現について時間をかけて議論した。
 

前日に読み合わせをした。どうしても英語が長すぎて追いつかない部分があった。その部分に印をつけて、藤森さんには原稿に「ゆっくり」と書いてもらった。その上で、その部分で不要な英単語をひとつずつ吟味して削っていった。正式名称などが長い場合は公式の原稿には残しても、口頭では簡略化した。
 

最後に、藤森さんとの会話や原稿の推敲の過程を思い起こしながら、藤森さんが中でも伝えたいと思っているところ、つまり強調するところを考えて線を引く。
 

―死ぬと思われた自分が今日この地で核兵器廃絶を訴えている奇跡。
 

―母の思い。母への思い。
 

―日本政府への失望。
 

―そして各国の代表に思い起こしてもらいたい核兵器禁止条約の意義。
 

その部分であせらなくていいように、もう一度前後の文章を見直す。
 

ブースに入ってひとりでもう一度原稿を読み直す。そして出番を待つ。藤森さんが壇上にあがって、礼をした。おもわず私も、礼。
 

深呼吸して祈る。
 

「藤森さんの声よ世界へ届け」

 

開会前の同時通訳ブースから
 

私は9年前に「核兵器が100年使われない世界をつくるためにはあなたの世代の協力が必要だから」と今は亡き長崎被爆者に言われた。それが私を支えている。同じように、誰かの一言が外交官を揺さぶるかもしれないと私は本気で思っている。政治というのが国益とか、国民の意見とか、安全保障上の事情とか、外交関係とか、色々な事情でなりたっているのなんてわかっているよ。私だってバカじゃない。私はそれでも人間一人の力の大きさを信じる。結局すべては人間同士のやりとりでなりたっているんだもの。
 

だから、どうしても藤森さんが7分に込めた思いを余すところなく伝えなければいけなかった。
細かい反省点はたくさんあるけれど、大役を務めた藤森さんはほっとして国連の食堂でマグロのにぎりを食べて笑顔だった。私と藤森さんは今度会った時には一緒にスキーをしようという約束をした。藤森さんは川崎さんに「スキー仲間ができたよ」と笑って話していた。

 

発言を終えた藤森さんと
 

【ちょっと専門的な後記の後記】
 

広島・長崎への原爆投下から72年。やっと核兵器を法的に禁止しようという動きが本格化した。今週と、そして少し時間をあけて6月~7月にかけてとの2回の話し合いで、各国代表はこれをどのような中身の条約にするかを話し合う。核をもっている国はこの会議に参加していない。核をもっている国に安全保障を頼っている国も参加していない国が多い。日本は原爆を経験しているけれど、参加していない。それでもこの条約には意味があると多くの関係者が思っている。私もそう思っている。人の安全・安心や人の道に反するものをダメとすることに法律の意味がある。そもそも北朝鮮のような国が核兵器を保有・使用する可能性があるから核兵器禁止条約に参加できないというアメリカらの主張は論理が逆だ。世界には核兵器保有国より核兵器非保有国のほうが圧倒的に多い。核兵器に反対する国が条約をつくり、多くの国がそれに批准すれば、法律で裏付けられたひとつの価値観ができあがる。生物兵器や化学兵器、地雷やクラスター爆弾がこれまでそうやって廃絶への道を歩んできたように、核兵器禁止条約も核なき世界に向けた具体的な一歩になってほしい。

 

 

★藤森さんの証言はこちらからご覧になれます(03:55あたりから)。証言原稿はこちら

 

追記(2017.04.01)

後日、オーストリアの軍縮大使が条約の前文に『ヒバクシャ』という言葉が入ることにほぼ間違いないと語っている様子が毎日新聞で報道されています。

⇒ 「前文にヒバクシャ」…条約見通し