それでは早速、前回記事終わりで告知したエイブラハムの感情スケールについて解説していこうと思います。
自分の感情ぐらい把握できているから説明なんていらないよ、という方は多いと思いますが、その感情が“波動的にどうか”まで把握できている人は少ないのではないでしょうか?
そりゃそうですよね、“感情に波動がある”なんてのが今までにない概念ですから。良い感情であれ悪い感情であれ、感情自体は自然発生的なモノで止めることはできません。元々“中庸”、つまり“ニュートラルな状態”がデフォルトだったのに、個々に分離してしまった感情。それをあるべき姿に戻す行為が“統合”です。
良い感情であれば良い波動を放っていることになるのでその状態をできるだけキープしたいところですが、それが悪い感情であれば話は別です。悪い感情にはランクがあり、下図のようになります。
比較的ライトな“退屈”から最もヘビーな“恐れ/悲しみ/うつ状態/絶望/無力感”まで全部で16段階あります。
先ほど“感情は自然発生的なもので止められない”と書いた通り、その発生自体をコントロールすることは出来ません。
問題なのはその“悪い感情”のままでいることで、それは悪い波動を放ち続けているということであり、波動共鳴の法則でネガティブな出来事を引き寄せ続けてしまうことになります。
裏を返せば、できるだけ感情のスケールの1.“喜び”〜6.“希望”の状態でいることが望ましいですが、あくまで7.“満足”の状態が“中庸”でそれがデフォルトだと考えます。でも、バシャールが言うように、放っといても勝手に“ワクワク”してしまう方はスルーしてくださいね
前回記事で書いた“自らに起こった出来事や感情を観察することの習慣化”は、自分が今どんな感情のままでいるのか、言い換えればどんな波動を放っているのか、を把握するために必要なのです。それでは次に“悪い感情”がなぜ起きるのかについて説明していきたいと思います。
“退屈”であれ“恐れ”であれ、その発生メカニズムは相手やモノへ期待してしまうことに起因します。その期待が裏切られれば“失望”しますし、裏切られるかもと思えばそれを “心配”します。 “非難”もそうで期待が裏切られた結果に対する反応です。
では、それでは説明できない“嫌悪”や“嫉妬”はというと、相手が持っているモノに対する“欠乏感”から起こります。自分にはないモノを持っている相手には嫌悪を示すでしょうし、それは社会的地位であったりお金や美貌なのかも知れません。
結局、コップの水の話もここに行き着くのですが、『もう半分しかない』という“ない”という状態にフォーカスしていると悪い感情がドンドン湧き出てきてしまいます。
期待にしてもそうで、相手の未来の行動に“期待”するのであって、今まで相手がしてくれたことや示してくれた態度を見て“ない”んです。
スピ界隈で言われる『今ここ』や『毎瞬』は“今”が未来を創造しているからそこに集中しなさい、という意味だと理解してますが、変に未来に期待するのではなく“今ある確かなモノ”に目を向けなさい、という意味でもあると思います。
つまるところ、期待は相手を自分の思ったように動かしたい欲求の現れであり、コントロール以外の何物でもありません。「自分は相手をコントロールしようとなんかしていない」と思っている方でも、これは知らず知らずのうちに陥っている罠ではないでしょうか。
統合の道は内省の道。自分の外側にある“相手”に何かを期待したりコントロールしようとするのではなく、自分の内側を整えその反映である外側の現実を創造しよう、というのが内省です。
個人的な結論としては『統合への道は内省しかない』であり、そこにはワークショップや集団瞑想では決して辿り着けないでしょう。でも、“見えない世界に興味を持つ”ための間口としてのそれらは全然“あり”だと思います。
でも、感情と同じで“ずっとそこに留まって”いては『霊的進化』は望めないでしょう。最後なんかちょっと上からな感じでスミマセン🤭
ご清覧いただきありがとうございました🥰