しばらく間が空いてしまいましたが、統合編の続きを書いていこうと思います。気分が乗らない時は無理にやらない、コレダイジウインク


それでは、前回記事終わりに述べた“自分に起こってる出来事の意味やその時の感情を客観視する癖をつける”ことの意味についてお伝えします。

 

まず結論から言うと、それをすることでエゴの支配に気づけるようになるとか、ハイヤーセルフや真我と呼ばれるモノの視点で世の中を眺められるようになって来ます。


例えば、仕事でお客さんと言った言わないの水掛け論争が勃発し、これを上手く収めないと大きなペナルティを喰らう状況だとしましょう。




これをエゴ視点で再現すると


「この前、これで進めて問題ないですよねと確認を取った時にはOK出してたじゃん」


「なんで何日も経ってから急にNGになるの?」


「きっとアイツの上司の確認を取らずに進めてて、上司のチェックが入って却下されたんだ」


「こっちの進め方に問題はなかったのにやってらんない!!パンチ!


のような感じでしょうか。




別にこんなのよくある日常風景の一コマだと思うのですが、これの何が良くないかと言うと“良くも悪くもその状況にどっぷりとハマってしまっている”んですね。


この感覚から抜け出さない限り“自己の統合”はなし得ません。自己の統合は言い換えると“魂という自分の本質を思い出す”ことでもあります。


先程のケースですべきことは


「確認を取って進めていたにもかかわらず、この事態になった」


「とはいえ、口約束だけで進めてしまったコチラにも落ち度がある」


「そうか。これは議事録や書面に打合せ内容を残してから作業を始めないと、また同じことになるという学びを得るための機会だったんだ」


「相手の対応に腹は立つけど、相手の悪口をみんなで言い合っててもしょうがない」

 

「リカバリー案を募るために今からミーティングを始めよう!」


こんなヤリトリが“脱悲劇のヒロイン”バージョンだと思うのですが、いかがでしょう?




上記はほんの一例ですが、自分の客観視を習慣化すると


・これは何のために起きた出来事なのか


・自分は今どんな感情なのか


がわかるようになります。


そうすることで、突発的な望まない出来事に対しても受け入れやすくなりますし、後悔に時間を費やすこともなくなります。


また、自分がネガティブになっていることに気づくことができたら、気分転換を図ればいいだけです。


今振り返ると、どっぷり当事者意識に浸ってる時の方が「オレ生きてるわぁ」って感じがしますし、こういう感情の起伏を惹起する出来事の連続がジェットコースターに乗ってるみたいで楽しかったりするんですよねチュー


だから地球は魂の学びの場としては最適で、いろいろな惑星から宇宙人の魂が訪れる、と言われています。


習慣化の最初の段階では“起きている出来事の意味”を誤って受け取ってしまうこともあるでしょう。また、怒りに我を忘れて自分がどんな感情でいるのかわからなくなる時もあるかも知れません。


これも反復練習が必要で、近道なんてありません。地道にやっていくしかありませんね。何かというとすぐ瞑想みたいな風潮がありますが、それよりもまず先に“自分の客観視”の方が重要だと私は考えます。


エゴのマインドでいくら瞑想をしたところで“なんとなくいいことした感”しか得られないのではないでしょうか?まぁ、私の場合ではありますが🤭


次回はこのブログの前半部分の不思議体験編でも何度か登場した、自らの感情判定ツールの『エイブラハムの感情スケール』について紹介させていただきます。


ご清覧いただきありがとうございました🥰