前回の続きをお話ししていきます。
父が病院から退院と同時に私の家から行きやすい場所の家賃が安い場所に父を引っ越しさせました。
父は定年間近で退院して仕事は復帰しませんでした。
私は美容師として働いていたので、父の事をたまに見に行く形の生活でした。
父は役所関係などや引っ越しなどはインターネットやメールも使えない人なので、自分でどうしていいかわからず役所関係や引っ越しは自分1人ではできない人間でしたので、全て私が手続きしました。
そんな事も出来ないなんて今思えばその時点でおかしいですが、何故か私に頼り切りでした。
もしかしたら、発達障害的なものを実は抱えていたのかな?
それからか何年か過ぎて借りてるアパートが老朽化で建て替えで取り壊しのお知らせがあり、また引っ越ししました。
今後の事を考え一階のアパートを借りました。
もう70代だったのでアパートが借りれるか心配でしたが、なんとか大丈夫でした。
それから月に1度顔を見に行くくらいでなんとかなっていましたが、私は転職して結婚し電車で1時間の場所に引っ越しをしました。
それから旦那両親と同居が決まり家を建ててもっと遠く引っ越ししなければならなくなり、、、
父の様子を見に行くのに片道車で2時間半になってしまいました。。
それからまた私も旦那も職場が遠くなり転職して
すぐに突然の父からのTEL、、、
『じいちゃんの遺産、お前が持っていったんだろ、、?』
「は、、? 何が? じいちゃん? 私が小学校の時亡くなったじゃん、、え?」
私は、これは父がおかしくなってしまっていると瞬時わかりました。
「とりあえず落ち着いて遺産は知らないし、そもそもじいちゃんは金持ちじゃないから、そんなもんない」
あ〜明日父の所に行かなきゃダメだ。。
やばい事になった。
そして翌日、父の家に行くと父が大変な事に、、
出てきた父は腕はゾウの様に太く肌は鱗の様に剥がれ脚もゾウのように太く歩きづらいと言っていました。
どうしていいかわからなくなり、とりあえず脳神経外科に行って診察してもらいました。
すると認知症の診断、、
やっぱりかとうとう来てしまったかー
覚悟はしていたけど予定より早かったな。
地域包括支援センターに行き相談したら、すぐに介護認定をして必要な介護ケアをした方がいいとの事。
その後、総合病院に行き腎臓病の治療が始まりました。
ですが、これから1人では病院に通院する事が難しく自宅に訪問医療に来て頂く手続きをしました。
とりあえずこれで私が仕事を休んで付き添いなどしなくていいっていうだけで、大変ありがたかったです。
本当にバタバタしてて、光の早さで時間が過ぎて行きました。。
父の認知症は
①エアコンから小人が出てくる
②人が家に入ってきてお金を取っていく
③ヘルパーさんが俺のパン食べちゃった
などなど色々と言っていました。。
かなりメルヘンな幻視を見るんだな〜と私もなんだか頭おかしくなってきちゃうんじゃないかなと心配になりながら、笑いながら聞いてました。
これから私は大丈夫なのか?
父は認知症で1人でヘルパーさんは来てくれるけど住んでいけるのか、、、、
続く