今の職場、私は有期雇用なのですが、最後の勤務日が着々と近づいています。

 

 

 

寂しさを感じていたら、

前職の最終勤務日のことを、ふと思い出しました。

 

 

 

あの日の終わり、私は『全てヨロコビ』を一瞬で理解するのような感覚を覚えていました。

 

 

 

あの感覚を、忘れたくない気がしたのでここに残します。

 

 

 

『全てヨロコビ』が分からないという方にも、何がヒントになればいいなと思います。

 

 

 

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昨年、私は正社員として働いた会社を退社しました。

 

 

 

その最後の勤務日ーーーーー

 

 

 

夕方過ぎ。

引き継ぎ資料を仕上げ、

パソコン内のデータを移動させ、

デスク内を空にして

 

 

 

もうここでの勤務が終わるという、その時。

 

 

 

 

ちょうど、皆が席を外して、

その空間は、私一人だけになっていました。

ふーっと一息ついて周りに目をやると

 

 

 

 

不思議と、そこで過ごした全ての時間がとてつもなく、愛おしく思えてきました。

 

 

 

 

私が使っていた、デスクとイス。

もう二度と見ることも触れることもないのだろう。

 

 

 

このシュレッダーも、このコーヒーメーカーも、ゴミ箱も、この絨毯も。

 

 

 

ここで会議したなぁ。

重苦しい空気で、息が詰まりそうだったなぁ。

 

 

 

自分のダメさに嫌気がさして落ち込んだことも、いい業績を出して褒められたこともあったな。

 

 

 

妊娠中はつわりがしんどくて、小部屋の隅にダンボールを敷いて寝てたなぁ。

 

 

 

フリースペースのこの隅の席で、上司の圧と闘ったなぁ。

 

 

 

窓の少ないビルだったから、窓際の席をよく選んでいた。山手線の発着メロディがよく聞こえていて、そのメロディを聴きながら資料作りをしてたなぁ。

 

 

あの席で、同僚とミーティングをよくしたな。基本ピリピリムードだったけど、たまーに同僚の素を見れた時は嬉しかったなぁ。

 

 

 

 

そんなことが瞬間的に蘇りました。

 

 

 

私は会社に対して、許せない気持ちを抱いていました。

 

 

 

いくつもの行き違いのなか、折り合いがつかなくて、自ら退社を選びました。

 

 

 

 

でもなぜか、最悪な経験も全部全部、輝いて見えました。

 

 

 

 

私は確かに、ここにいた。

 

 

ここで、生きていた。

 

  

 

 

 

私の席があり、

同僚の目には私が映り、

私の名前を呼んでいた。

 

 

 

私は確かに、ここに存在していた。

 

 

でももう、私はここにいなくなる。

 

 

 

 

 

もうこの場には来ない。

ここに触れることも、見ることもない。

 

 

 

目の前の人たちとも、会わないだろう。

目の前の人の目に映ることも、

名前を呼ばれることもない。

 

 

 

 

 

終わるとなった途端、ここでの時間が愛おしくなりました。

 

 

 

 

だからって、その場に居続けようとは思わないのですが(笑)

 

 

 

 

 

 

この経験よ、ありがとう。

 

本当にありがとう。

 

 

 

 

サヨナラ!!

 

 

 

 

胸いっぱいに広がる感謝を感じながら、晴れ晴れとした気持ちで営業所を出ました。

 

 

 

 

 

 

 

その時に頂いたお花。私、誰からも認識されてない気でいました。だから人生最大のサプライズプレゼント。みんなの目に私は映ってたんだな。

 

 

 

 

 

死ぬ時って、こんな感じかもしれない。

 

 

 

 

いいことも、悪いことも、

全部、生きているからこそ体験できたもの。

 

 

 

 

プレッシャーで息が詰まる日も

結果を出そうと頭を悩ませた日も

傷つけられて恨んだ日も

期待に心躍らせた日も

弾むような喜びの日も

周りと笑顔を交わした楽しい日も

 

 

 

 

その全てが、生きた私の軌跡で、

キラキラと輝くもの。

 

 

 

実績や結果、成功といわれるもの、

気持ちが上がる嬉しい、楽しい、ハッピーなこと。

 

 

 

それだけしか、見ないとしたら

それだけしか、認めないとしたら

 

 

 

それは、そうでない時を

必死で生きていた自分への冒涜だ。

 

 

 

 

全部対等にそこにある、

私の生きた、最高の時間だった。

 

 

 

 

最後の勤務日に、気付けて良かった。

 

 

 

 

 

そして、有難いことに

人生はまだ終わってない。

 

 

 

 

この経験で感じたことを糧に、

好みの未来を選び、創造することができる。

 

 

 

 

全てヨロコビとして、

ちゃんと全てを受け止めて、感じるからこそ、

自分の好みを知ることができる。

 

 

 

 

好みの経験をめがけて、

 

そこに、まっすぐに手を伸ばすと、

見たい景色に手が届く。

 

 

 

 

 




 

 

私たちはいま、ワーキャー言いながら、

この地球で肉体をもって、遊んでいるんだな。

 

 

 

 

いつか必ず終わり、

戻ることのない、この時を生きている。

 

 

 

 

そう思うと、

今の目の前に見えるもの、出会う人が、

奇跡に感じられて、有難くて、愛おしくなる。

 

 

 

 

 

奇跡的に存在する、そこでの時間から

全てを受け取り、

全身で感じようという姿勢になる。

 

 

 

 

そして、有限のこの人生で、

どんな奇跡に出会いたいのかを、真剣に選ぶようになる。

 

 

 

 

 

そうして選んで、

出会えた、今の職場。

 

 

 

 

前職を離れることを決め、

その次を、自ら選びとったからこそ、

目の前に現れた、好みの景色と時間。

 

 

 

 

その時間も、最高に楽しくて幸せだった。

 

 

 

 

誰から何か評価があるわけでもないし、

周りからは何が幸せ?と思われるかもしれないけど。

 

 

 

 

私のなかで、私が満足しているからそれでいい。それが全てだ。自己満でなんぼだ。

 

 

 

 

想像を超えた今の充実感に

少し驚くくらい。

 

 

 

 

 

 

 

その時を、精一杯に生きた自分があったことを認識するため。

 

 

自分を知り、好みの未来を選び取るため。

 

 

 

 

『全てヨロコビ』として、目の前の現実をちゃんと受け取っていこう。

 

 

 

 

 

 

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