今回は、私の体験談を綴ります。

 

 

私は子育てや教育系の本の書評をブログに綴っていますが、

 

子どもの自立云々を言う前に、親が一人の人として自分の心と向き合い、

『自分をコントロールする』ことを大切にしたい

という当たり前な話だけど難しいこのことについて、

最近うまくクリアできたことがあったのでその出来事を書きます。

 

 

************

 

 

先日、朝から私の心は不安定でした。

目につくものにイライラばかりしていました。

 

 

 

 

 

 

イライラ① 月曜の朝なのに、夫が定刻に起きてこない

 

⇒前日が深夜帰りでもないのに。

   深夜に一人でネットばっかりやってるから起きれないなんて、いい加減学習してよ!と思い、イライラ

 

 

イライラ② 息子がテレビを至近距離で見ている

 

⇒いつも離れてみるように言ってるのに、またやってる!

 「テレビから離れて!目が悪くなるよ!」と大きな声を上げる

 

 

イライラ③ 本棚の本が一列全部床に落ちて、散らかっている

 

⇒足の踏み場もない!

 本に囲まれながらテレビを見る息子に「テレビ見るならまず片づけなさい!」と大きな声を上げる

 

 

イライラその④ お腹がすいて仕方ない

 

⇒その日、私は健康診断で11時半まで何も食べられないことになっていたのですが、

 息子と夫の朝食準備は当たり前にしないといけない

 『あーもう、お腹すいたのに!!』と、息子と夫をのいる食卓を黙って離れ、寝室に一瞬こもる

 

 

 

 

というわけで、朝からふてくされた母(私)でした。

 

「あーあ、息子にあの言い方はまずかったよな。なんも伝わらんわ(夫はまぁ仕方ない)

 

 

と、頭では理解するものの、正そうという気力もない。

 

 

 

今日はなんでこんなに腹立つことばっかり…と思っていて気づきました。

 

 

今日、特別に腹が立つことがたくさんあるのではなく、

 

普段ならイライラしないことに私が勝手に反応しているだけだ、と。

 

 

 

 

「ああ、私、今何か抱えてるな。

  すごく心が重い。胃の奥あたりにずっしりと重い嫌な感じがある」

 

 

 

その時は朝の忙しい時だったので、落ち着いたランチの時に、

私は意を決して、自分に向き合いました。

 

 

 

そうすると、自分の心の重みの根源が見えてきました。

 

 

 

そこにあったのは、

「自分はダメなやつだ」という思い込みでした。

 

 

 

 

理由もわかります。

 

 

・勤め先がなかなか見つからないこと (現在、離職中)

 

・早く就職先を決めないと息子が保育所を追い出されること

 

・息子が保育所を追い出されたら、待機児童が多い地区のため保育園に入れることができず、

 そうなるともう働くことすらできないこと

 

・正社員の時短勤務は絶望的で、勤務時間を優先すると正社員には戻れそうにないこと

 

・やっと内定をもらった会社はブラックめいていること

 

・高校の同級生は、専門職ばかりで皆立派であること

 

・高校の同級生は、専門職ばかりで皆バリバリ働いていること

 

・高校の同級生は、専門職ばかりで皆バリバリ稼いでいるであろうこと

 

 

なのに、私なんて・・・・

 

 

 

 

という心況でした。

 

完全に他人と比較してひねくれている自分を自覚しました

 

 

 

 

 

じゃあそこから、どうしたらいいのか?

 

まずは、その「私なんて」の気持ちを受け止めたところで、様々なことを試しました。

今回の私に効果的だったのは、下記2つでした。

 

①退職をして得たものをリストアップしてみる

 

退職をしたことから不運なことが起きているような気がしていましたが、

振り返ってみれば、間違いなく自分から退職を選択し、決行しました。

 

失ったものは確かにあります。

 

・正社員

・ある程度の給与

・時短勤務をできる職場

・馴染みの人間関係のある職場

・社会保険に入れる仕事     など

 

でも、得たものはもちろん、多数ありました。

その一つ一つを書き出してみました。

 

・やりたくない仕事から離れた解放感

・意味を感じないことをやらないでいい自由

・勇気くじきの言葉を浴びないでいられる自由

・心を平穏に保てる時間の確保

・自分で自分の時間の使い方を決められること

・心の余裕

・睡眠時間

・息子とのふれあいの時間

・きりきりカリカリ時間に追われることからの解放

 

 

書き出して感じたのは、今この現状に対する納得感でした。

「そうだった。私が選択したからこうなったんだ。」

あの時の耐えられない苦しさを想うと、その職場から無事に離れることができた今の現状は

すべて私が願ったものだったと納得できてきました。

もちろん、条件のいい仕事に出会えないことは願っていませんが、

それよりも、あの場を離れられてよかったという穏やかさに包まれました。

 

 

 

②「自分をほめる100のこと」ワークをする

  ※単に、自分をほめポイントを100項目書き出すというもの

 

 

100項目書くのは、想像以上に大変です。

だんだん、自分の特徴をただ連ねるようになりますが、「何かができない」という一見短所のようなものも含めて

受け入れることで、自分への信頼は高まるとされるこのワーク。

実際、とても効果的でした。(自分自身に)自分をたくさん見てもらえた、という満足感のようで

すべて終えて眺めながら、自分の心が軽くなっていることに気づきました。

 

 

 

 

そんなことをして、荒れ狂っていた自分のイライラを沈め、自らを回復させました。

これは数日前のことなのですが、今はそれが嘘のように落ち着いています。

(今思えばあの日イライラしていたのは、その日の明け方に見た夢のせいだと思う。

 進学校だった高校の優秀な友人がたくさん出てきたのです…)

 

 

私からすると、あの日はかなり気持ちが落ちていました。

傍から見たら大したことないと映るかもしれませんが、

自分はダメ人間という無価値観や無気力感に満ちていました。

 

 

実際こういう時って、

子どものいい面を見つけるとか、人と違う(一般には評価されない)個性を認めるとか、

なかなかできないのではないかと思います。

 

 

逆に、その自分への不足感をどうにか埋めなければという脅迫感にかられて

子どもが少しでも一般的に良くないことをしたら、

 

「こんなことしてるとダメになるよ!」

「だめ!ちゃんとしなさい!」

 

など、周りをコントロールしようとしがちだと思います。

こうなると、子どもが親に反発するか

仮に親に従ったとして、後に子どもは苦しむことになりそうです。

いずれにせよ、親子関係がこじれる可能性が高くなりそうです。

 

 

また、子育て云々は置いておいたとしても、

 

親も一人の人間として、

まず自分自身が自分の在りたい自分で在れるようコントロールできることが

人生の満足度を高めるのではないかと私は感じています。

 

 

その方が気持ちいいですから。

 

子ども云々の前に、私もまだまだ成長の余地は十分にあるので

日々精進していきたいと思うこの頃です。