瞑想の目的の一つは、自己の心身を、陽朗明澄・晴れ・愛・歓喜・勇気などといったポジティブな状態に変換し、さらに高めていくことにある。

 それは、この世の物事を、自分の都合がいいように勝手に解釈するのとは違う。

 また、幸せな出来事とか富を引き寄せるために瞑想をするのとも違う(結果的に瞑想にはそのような効果があるのかもしれないが、あくまで結果であって目的にすると、おかしくなる。)。

 自己の内面に、ぶれることのないポジティブな意識を築くことができれば、自分の周囲でどんなことが起ころうとも、人は常に幸せなのである。

そして、自己の心身の状態として、ポジティブを選ぶかネガティブを選ぶかは、人に与えられた自由である。
 さらに、どちらを選ぶにせよ、最高または最悪な状態になれるような心身の機能を誰でも既に与えられている。

 ポジティブな状態の極みのひとつは、無念無想・心身統一の状態である。

 


 心の状態を高め幸せの波動を発すれば、それに応じたものが引き寄せられて幸せになれるのか(与えられること)?

    それとも

 心の状態を高め幸せの波動を発すれば、周囲のものがその幸せの波動に同調して変化していくのか(与えること)?


 引き寄せの法則が実際に働いているのかどうか、まだよくわからないが、与えられることと与えることは表裏一体なのかもしれない。


 何か都合の悪い出来事が起こったら、それは過去の因が結んだ結果とあきらめよう。

 過去は悔やんだところで、過ぎ去ったものはどうにもできないのだから。

 そんなときこそ、心身を切り替えて、現在、未来を創造していこう。


 引き寄せの法則を利用して、何か願い事をしようとするとき、それが不満の裏返しの性質を持っていないか、よく検証する。

 そんな願い事をしたときは、おそらく不満な出来事をさらに引き寄せることになる。

 

 まず、感謝すること、そして満ち足りた心が想う願い事を、さらに実現させていく。

 願い事が優先すると、どうしても心がネガティブに作用してしまう。

 究極にはやはり、無念無想(こだわりのない心、囚われない心。ただ創造主の恩恵に感謝、歓喜し、共に創造の意識で生きていこうとする心)であるべきなのだと思う。

 

 


 

義務的に何かをやらなければならないことに苦しさを感じたら、もうそんなものは放り出して、自由になってみよう。


思いっきり自由を楽しんでいる自分を想像してみる。
義務感を放り出したら、大変なことになるのではないかって?
いえいえ、意外なことに、楽しい夢の世界をふわふわ漂っているうちに、さっき、義務的に嫌々やっていたことも、実は自分のやりたいことであったことに気付くことがある。


そして、結局、同じことをやっている自分がいる。ただし、その義務的にやっていたことは、今は、自分がやりたい楽しいことになっている。




義務とやりたいことは表裏一体なのか?


心身を解放し、今を楽しむことができたなら、そのやらなければならないことを、やりたいことに変換できるのである。


やらなければならないことをやるのか、やりたいことをやるのか、どちらを選択するかは私に与えられた自由である。


[どんな瞑想を行うか]

 瞑想をするには、まず先達者の教えに習うことが適切だが、常に自己の心身の声に素直に耳を傾けることを忘れてはいけない。両者のバランス感覚が大切である。


 瞑想などのインナーテクロノジーには、向き・不向き、レベルの適切さがけっこうあるものである。


 人生にはいろいろな生き方、いろいろな段階があるのと同様に、瞑想にもいろいろな方法、いろいろな段階がある。


 理論にのめり込むまず、常に実践を第一にして、心を自由にし、今の自分に最も合ったものを選択していく。



〔猪突勇進〕

 この道は、一度進み始めると、怠けは許されないようだ。

 瞑想によって心身の状態が高められた後に、今日はちょっと一休みと元の状態に戻ると、現状維持をしているときには感じないような落ち込みを感じる。心身がどんよりと曇った感じ。

 だから、中途半端に足を突っ込み、怠け心を起こすくらいなら、やらないほうがましなのだ。

 そうならないためには、勇気をもって突き進むのみ。


 また、瞑想をしていると、自己の様々な面が強まる。良い面も強まれば、悪い面も強まる。

 そして、人生を想いもよらぬ方向に転換させることがある。

 人生は選択の連続である。

 人生のいろいろな場面において、自己の心の選択にしっかりと責任を持たなければならない。

 特に瞑想を始めると、人生の流れが大きくなるから、常に自己の心の選択を誤らないよう注意しなければならない。

 何か思いがけないことが起こったとき、悲しみ、恐怖、怒り、憎しみ、不安の感情をもって臨むのか?

 それとも、勇気、穏やかさ、親切さ、愛情、歓喜、清濁併せ呑む大きな心をもって臨むのか?

 無意識に周囲の出来事に引き摺られることは避けなければならない。


 そのためには、毎日、瞑想のためだけの時間をもって、自己の心身を見つめ直し、心身の錬磨に励む。



〔瞑想のための時間と実生活での瞑想〕

 瞑想をするためだけの時間を持つことは大切だ。

 この時間がないと瞑想が進歩しない。

 さらに、この時間以外の実生活においても、瞑想で養った状態を保つよう努力しなければならない。

 そして、この努力が、またとても効果的なのだ。

 実生活では、思い通りいかないことがたくさん起こる。それでも瞑想の心身を保つよう努める。人生の風雪・荒波が心身を磨き、高めていく。

 では、実生活で瞑想の心身を保ち続けるにはどうすればよいか?

 「瞑想のためだけの時間を持つ。」

 この繰り返し。

 


〔努力の方向〕

 今日は、どんな勉強をするぞとか、どんな仕事をするぞとかいうよりも、

 今日一日、自分がなりたい自分をイメージしながら、小さな課題をクリアしていくぞ

といった努力。

 実生活における小さな達成ももちろん大切だが、生涯における大目標を常に忘れない。



  

 

 

      

Mantak Chiaさんの「インナースマイル瞑想」。
何か仕事に取り掛かるとき、自分ににっこり微笑みかけてみる。
特に急いでいるときに、効果的。
時間の進み方が変わります。