12月23日

 

森戸 辰男 もりと たつお

1888年(明治21年)12月23日 - 1984年(昭和59年)5月28日

日本の教育者(初代広島大学学長・名誉教授)、政治家(衆議院議員、文部大臣)

 

戦前の思想弾圧「森戸事件」で知られる学者・教育者・政治家。

新渡戸稲造の薫陶を受け、労働者教育に挺身。

戦後は日本社会党に入党し、日本国憲法の制定にも関わる。

文部大臣として戦後教育改革を推進し、

新制広島大学の初代学長をへて、

中教審会長として第三の教育改革を行った。

一次資料を駆使し、一貫して社会科学者であり続けた生涯を描く。

 

 日本国憲法25条にこうある。

《1.すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2.国は、すべての生活部面について、

社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない》

 憲法25条は「生存権」と呼ばれ、

生活保護など社会保障の憲法上の根拠となる条文である。

 

 日本国憲法はGHQ案が

「下書き」になっていることはよく知られているが、

実はそこに25条の「健康で文化的な最低限度の生活」という文言はない。

 この条文を付け加えることを提唱したのは、

経済学者の森戸辰男であった。

その源流はドイツのワイマール憲法151条1項に由来する。

遠藤美奈「『健康で文化的な最低限度の生活』再考

弁護士で連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)民政局で

日本国憲法のマッカーサー草案作成を担当した

Milo E. Rowellマイロ E. ラウエル中佐は

「この憲法草案中に盛られている諸条項は、

民主主義的で、賛成できるものである」と高く評価したといわれています。

日本人の手によって完成した「生存権」

 しかし1946(昭和21)年 

日本政府に手渡されたGHQ案では、生存権の規定はこうなっていました。

 

《第24条 法律は、生活のすべての面につき、

社会の福祉並びに自由、正義および民主主義の増進と伸張を目指すべきである》

 これがGHQと政府の調整によって、帝国議会に提出されたときの政府案はこうなった。

《政府案23条 法律は、すべての生活部面について、社会の福祉、生活の保障、及び公衆衛生の向上及び増進のために立案されなければならない》

 この時点では憲法25条で印象的な「健康で文化的な最低限度の生活」という文言がない。

その後も紆余曲折があり現在に至ったということは、日本側の意見も

ある程度加味されたということです。

 

1917年ロシア革命が発生

1920年機関誌『経済学研究』を刊行しています

森戸は人類の究極の理想が無政府共産制にあるとの考えから、

この創刊号にロシアの無政府主義者・

クロポトキンПётр Алексе́евич Кропо́ткин

ピョートル・アレクセイヴィチ・クロポトキン

「パンと奪取」という論文を翻訳して

「クロポトキンの社会思想の研究」として発表しました。

このことが雑誌は回収処分のち発売禁止となりました。

さらに新聞紙法第42条の朝憲紊乱罪により森戸と大内は起訴されました。

有罪が確定。森戸と大内両名は失職したとい経緯もありました。

これが【森戸事件】といわれるものの概要ですが

国を二分するような議論だったとの記録もあります。

 

教育者としては

1971年(昭和46年)

生涯教育、奨学制度問題、教師の職制・給与の改善等を柱とする

「第三の教育改革」を答申しています。

これは「四十六年答申」として知られ、

現在も教育改革の実施に強い影響力を及ぼしています。

 

詳しくは著書など多数の書籍、後の研究などあります。

ただ、あまり知られてはいませんが

日本の生活、教育に多大な影響を与えたということは

間違いありません。

最近も言論の自由ということも議論されていますが

少なくても「議論」がされていた時代もあったということは

少しうらやましい気がします。

 

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略歴

1888年12月: 広島県福山市東堀瑞に生まれる

1902年3月:広島県深安郡福山町高等小学校卒業

1907年3月:広島県立福山中学校卒業

1910年7月:第一高等学校卒業

1914年7月:東京帝国大学法科大学経済学科卒業

1916年9月:東京帝国大学法科大学社会政策学科助教授

1920年10月:刑事裁判確定により失官

1946年4月:第22回衆議院議員総選挙で当選(広島県全県区、のち旧広島3区、日本社会党、連続3期)

1947年6月:文部大臣就任

1950年4月:衆議院議員辞職、広島大学学長就任(1963年まで)

1963年4月:日本放送協会学園高等学校初代校長就任

1971年11月:文化功労者顕彰

1980年6月:日本教育会名誉会長

栄典

1964年11月:勲一等瑞宝章

1974年11月:勲一等旭日大綬章

著書

「クロポトキンの片影」 同人社書店、1922年 

「思想と闘争」 改造社、1925年 のち黒色戦線社 

「最近ドイツ社会党史の一齣」 同人社書店、1925年

『社会科学研究の自由に関して青年学徒に訴ふ』 改造社、1925年

『学生と政治』 改造社、1926年

『闘争手段としての学校教育』 同人社書店、1926年

『思想闘争史上に於ける社会科学運動の重要性』 改造社、1927年

『大学の顛落』 同人社、1930年

『オウエン・モリス』 岩波書店、1938年、大教育家文庫

『戦争と文化』 中央公論社、1941年

『独逸労働戦線と産業報国運動 その本質及任務に関する考察』 改造社、1941年

『救国民主聯盟の提唱』 鱒書房、1946年

「社会民主主義のために」 第一出版、1947年

『労働組合の課題』 君島書房、1947年

『クロポトキン』 弘文堂・アテネ文庫、1949年

『日本におけるキリスト教と社会運動』 潮書房、1950年

『平和革命の条件』 東京出版社、1950年

「変革期の大学」 広島大学、1952年

「日本教育の回顧と展望」 教育出版、1959年

「思想の遍歴」 春秋社、1972-75年

「教育不在 占領政策と権力闘争の谷間」 鱒書房、1972年

「第三の教育改革 中教審答申と教科書裁判」 第一法規出版、1973年

『遍歴八十年』 日本経済新聞社、1976年

『クロポトキンの社会思想の研究』 黒色戦線社、1988年

『無政府主義』 黒色戦線社、1988年

共著

『経済学全集 第50巻 剰余価値学説略史』 笠信太郎共著、改造社、1933年

翻訳

ブレンターノ 『労働者問題』 岩波書店、1919年

メンガー 『近世社会主義思想史』 我等社、1921年

ヴェネル・ゾムバルト 『労働組合運動の理論と歴史』 大原社会問題研究所出版部、1922年

レーデラア 『岐路に立てるヨーロッパ 其解決と極東』 大阪毎日新聞社、1924年

メンガー 「全労働収益権史論」弘文堂書房、1924年

エルンスト・エンゲル 『ベルギー労働者家族の生活費』 栗田書店、1941年

「独逸労働の指導精神」 訳編、栗田書店、1942年

エンゲル 『労働の価値・人間の価値』 栗田書店、1942年

モリッツ・ウィルヘルム・ドロービッシュ 『道徳統計と人間の意志自由』 栗田書店1943

ズューズミルヒ『神の秩序』 高野岩三郎 共訳、第一出版、1949年

伝記

小池聖一『森戸辰男』吉川弘文館〈人物叢書〉、2021年