入学試験の時期であるが東大安田講堂事件とういうのを知っている大学生は少ないだろう。


そういうわたし自身も生まれる前のことであるが
もともとは、医学部教授会が間違った学生処分をやったことが原因だということである。
しかしながら。現代の学生は教授に意見する人など皆無でであることは多くの人も納得することであろう。

現在、わたしの所属する大学で「自治会」といえば 「生協」と協調する組織であり、学生の中にも
「生協の犬」と揶揄する人もいるほどべったりの組織である。
生協に協力してよりよい学生生活をめざしていくことは悪いことではない。
しかし、本来は違う目的で発足したはずだ。


前記、東大安田講堂事件では、学生の自発的組織である全学共闘会議(全共闘)および新左翼の学生が、東京大学本郷キャンパス安田講堂を占拠していた事件と、大学から依頼を受けた警視庁が1969年1月18日から1月19日に封鎖 した。警察沙汰とはもちろんやりすぎ行き過ぎという感はあるがそこまで学生が自分の考えを持ち「悪いことは悪い」と声を上げていたのは現在の大学生とは対照的である。


日本では同じ学年で同じことを学び、同じ程度の理解力を求められ自分の意見を声だかに言うことは
「空気を読む」時代ではNGであり、それが不条理なことであっても甘んじて受け止めるように「訓練」されてきた。
逆上がり」ができないことも「個性」という時代であっても、

講義中に教授の間違いを指摘することは許されない。


大学は表だって「多様化」を歌いながら、「画一化」を強要している。
「これって変じゃないですか?」と学生課に相談しても「悪いことは言わないからだまってろ」といわれる。
「卒業できなくなる」というのだ。WHY??


先日の衆院予算委員会で民主党の山尾志桜里議員は「保育園落ち た日本死ね!!!」
というブログを紹介して全国的に大きく取り上げられた。
あれ? 少子化だったのでは?と思った人は少なくないだろう。
首都圏集中した結果なのだろうし、少子化を見越して、保育園経営者はデーサービスなどに
経営の中心をシフトしている。当たり前のことでこれから縮小する業種に出資、拡大する経営者は少ないだろう。
正直、私も正しい判断ではないかと思う。だからこそ、国や地方自治体でなんとかする必要があると思う。


現在、小中の教職員は特に厳しい環境の中にいる。
自己評価、残業規制などのため 計画通りに授業を進める必要がある。
塾に行く子などが多く、成績上位の児童生徒は学校の授業では「お客さま」であり
行っていない子どもは まったく点数がとれない、わたしの塾講師の経験でもしたは500点満点で
一割取れない子どもが多くいる。しかし、教員はこの二極化した中で「真ん中」を狙って授業を進めることになり、これが二極化を助長する。子どもたちにとっても、教師にとっても、保護者にとってもいいことはない。


そこで私は、「飛び級」を認めて、5歳から小学校に入学させることを提案する。


まずは5歳から小学校に入学させることで待機児童対策とする。
予算的には4937億円を計上している待機児童対策は学年で111万人ほどいる人数が小学校に入れば
その分、保育園、幼稚園に「空き」ができる。全員でなくても 希望者だけでも 2万3167人の待機児童は
解消されるのではないか?

そして、「飛び級」を認めることにより、より適切な授業運び、指導ができる。
教職員も習熟度がある程度そろっている方が楽なはずである。

さらに、これらのことで結果として「多様化」ということになる。
これから保育園改革をするより、よほど未来志向だと考えるがいかがなものであろうか?
北欧のある国では子ども自身は自分の習熟度を考えて留年することを選ぶこともできる。

また、平成25年の失業対策事業費は4億円あまり、失業対策として、大学にて学びなおし、
キャリアアップはできないだろうか? 

国立大学だけでも授業料無料も十分できるのではないかと思う。

日本政府はオスプレイの購入価格として1機あたり100億円程度を想定している、
昔、オスプレイの開発話をアメリカで携わった人から飲みながら一晩聞いたことがある。
購入が悪いことだとは思わないが たとえば100億円あれば 


無条件でみんな大学までいける日本ってどうだろう?


と考えてしまうのは私だけではないと思う。