「はじめまして!僕は、コピーライターの水落(みずおち)
と申します」
このブログは、僕がコピーライターという仕事を
知ってもらいたくて作りました。
そして、僕みたいに40過ぎてからでもできるよという
のを伝える場所でもあるんです。
周りのセールスコピーライターって、若い人が多いんですよね。
僕みたいな中年から始めようって意欲ある仲間が増えてほしいな
って願いも込めて、このブログを立ち上げました。
このブログを通じて、セールスライターに興味をもってもらい
始め方や僕が学んだテクニック的なものを紹介していきたい
と思っています。
あなたがここに来てくれてたのはたまたまかもしれないけど
もしかしたら、少し興味持ってくれたからかもしれないので、
しっかり自己紹介させていただきます。
僕は、兵庫県にある宝塚というところで、
妻と娘と3人でのんびりと生活しています。
今は会社に勤めるかたわらで、
コピーライターをしています。
コピーライターの仕事は、
コピーライティングという文章テクニックを
駆使して、読んでいる人の心を動かすような
文章を書くこと。
とはいってもコピーライティングは催眠術でもないので、
意のままに操るのとは違います。
あくまでも商品の良さをしっかり伝えること、
そして背中をひと押ししてあげることが大事なんですよね。
僕の主な収入としては
・自分のブログを作って
“アフィリエイト”で商品を紹介することによる物販収入
がメインです。
仕事から帰ってから
パソコンをパチパチ叩きながら、
「読み手の心を揺さぶる文章を書けているかな?」
と、色々試しながらも勉強の毎日です。
今でこそ副業としてのコピーライターの
仕事をさせていただいて、近いうちに
コピーライターだけでやっていくつもりですが、
僕は最初からコピーライターになりたかった
わけではないんです。
目指していたのは”ささやかな夢“の実現でした。
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(ここからは、僕の昔話です。)
僕はごくありふれた家庭で生まれ、
小さい頃から特別目立った才能も
ありませんでした。
ごくごく普通の高校・大学を過ごしてから
当然のように会社に勤めて家庭を持った、
まさに平凡な人生でした。
そんな僕でも、ささやかな夢がありました。
だいそれたものではありません。
ドラマのような人生とはほど遠い、僕の夢。
それは、
「家族と不自由なく暮らしたい」
ただそれだけだったんです。
マイホームを持ち、
朝と夜は、妻と娘の3人で
楽しく食事をとる。
土日になれば
公園に出かけてお弁当を広げ、
たまに奮発して旅行に出かける。
高価なものは買ってあげることは
できなくても、誕生日やクリスマスプレゼントなど
みんなが楽しんでいるイベントは同じように
味あわせてやりたい。
将来娘の進路や妻との老後で困ることが
ないぐらいの貯蓄をしていきたい。
こんなありふれた“ささやかな夢”だったんです。
これぐらいの夢なら叶えさせてもらっても
いいと思いませんか?
でも、現実はどうだったかというと…
毎日22時を過ぎても
誰も帰らない会社
夜ご飯を食べるのは、
家に帰ってからの深夜0時
少しでも寝ていたいから
朝ごはんは食べずにギリギリに
家を出る。
土曜日も当たり前のように仕事に出て、
日曜日はクタクタになって1日寝てしまう。
そんな毎日が続きました。
やりがいがなかったわけではありません
でも...
企業の中でよく言われるように
「歯車」のように働いている自分
「会社のために」働いている自分
「家族のために」と言い聞かせている自分
給料というニンジンをぶら下げられて、
それを求めて必死に走り続けている自分
このまま定年で、あと30年も
同じような生活をするのだろうか?
体は持つのだろうか?
心配でした。
閉塞感もありました。
なにより、
「家族とのんびり暮らしたいためとがんばっているのに
ほとんど仕事で家にいないことに意味があるのか?」
そう思っている自分がいました。
そんな矢先、ある出来事で
僕の人生は大きく変わったのです。
入社してから11年たったある日、
いつものように出社して
席に着いたときです。
パソコンを立ち上げて
メールをチェックすると、
当時の上司からメールが来ていました。
「今日の午後18時、会議室に来るように」
と
時間となり指定の会議室に行きました。
小さな会議室のドアを開けて中に入ると、
そこには上司と僕よりも5年ほど年下の後輩Nがいました。
上司は僕を見てこう話しかけました。
「今度の人事でNが昇格してリーダーになるから、
お前はその下でサポートをしっかりやってくれ」
僕はそれが何を意味するか
わかりました。
僕の評価より後輩Nに対する評価や期待が高かったのだと…
当時いた会社の仕組みとしては
30才ぐらいまでは昇給や給料アップが
定期的にありますが、
30才を過ぎると役職につかない限りは
給料が頭打ちになるので(むしろ下がっていく)
僕としては役職を掴む最後のチャンスでもあったんです。
それなのに…
自分に優れた能力や成績がないことはわかっていました。
ただ、真面目に働いていることや会社の屋台骨を支えているんだぞという
自負はそれなりに持ち合わせていましたので、
コツコツ頑張っていれば、会社も認めてくれて
昇給や給料アップがされるのでは?
との思いはありました。
それが、お世辞にも僕より能力が高いとは言えない
後輩が出世するこの人事は、会社から
お前のことは評価していないよ
そう言われたも同然に感じたのです。
それでも「家族のために踏ん張らないと」
と2年ほど後輩上司をサポートし続けました。
そんな僕に追い打ちをかける出来事が
発生しました。
給与が下がってしまったんです。
それも金額にして年間で100万以上下がって
しまったんです。
先輩たちからも聞いていました。
「30過ぎで役職ついていない奴に会社は
厳しいよ」と
基本給は若干下がったぐらいでしたが
何より賞与が大幅に削れられました。
(当時いた会社は賞与が非常に多かったんです)
業務内容は変わらないどころか
むしろ後輩上司のサポート役として
忙しさは増すばかり
なのに
給料は下げられ、これからの出世は見込めない。
あいかわらず家族と時間が取れない毎日、
給料が下がる不安に怯えながら過ごす毎日。
「このままじゃ、僕の欲しかった“ささやかな夢”さえ
叶わないじゃないか?」
だから何とかして、
この現状を「変えたい!」って思ったんです。
真っ先に思い浮かべたのは
[転職]でした。
でも困ったことに、僕には
特別な才能もありません。
営業マンなのに、大した営業力もなく
コミュニケーションが下手くそという
なんとも情けないスペックでした。
それでも幸運なことに僕を雇ってくれる
会社が見つかりました。
しかも、残業はほとんどなく
土日もしっかり休めます。
勤めていた大企業とは比べることができないほど
小さな会社ですが、
アットホームなところも気に入りました。
僕はそこに勤めることしました。
おかげで家族との時間も増え、
平日でも夜3人でご飯を食べることも多くなりました。
しかし心配が一つありました。
それが収入だったんですね。
給料面は前の会社にいた時より大幅に下がってしまいました。
転職するときに覚悟していましたし、
妻からは
「今の暮らしで十分よ」とも
言ってもらえました。
でも、
生活する上ではなんとかなっていましたが、
老後のことを考えると貯蓄もしっかり
していかないといけません。
娘を大学までしっかり行かせてやりたいし、
たまには妻にショッピングとか旅行に
連れていくぐらいはしてやりたい。
幸か不幸か、僕は諦めが悪かったんですね。
僕は自分のささやかな夢を諦められませんでした。
「家族と不自由なく暮らしたい」
という気持ちだけは強かったんです。
当然、
「お前には無理」
「やめといた方がいい」
「今の会社にいるのが安全」
「アホやろ」
周りは僕の能力知っていますから、
それを踏まえて忠告してくれました。
それでも、
僕はあきらめることを
したくありませんでした。
「家族と不自由なく暮らしたい」
ただそれだけ。
そんなささいな夢を叶えることはできないものか?
・・・・・・どうすれば?
そこでふっと目にしたのが
FXの広告
そうだ!FXだったら、パソコン一台でできるし
好きな場所・時間でやれるじゃないか!
これでうまくいけば、会社に頼ることなく
お金も増やせるし、専業になれれば
ゆっくりと家族とも過ごせる。
冗談じゃないですよ?本気でそう考えたんです。
浅はかですが、それぐらい思いつめていました。
結構本気で取り組みましたよ。書籍とかを買い漁って
勉強して、必死でした。
その甲斐あってか、100万で始めたFXの資金があっという間に
2倍近くに膨れ上がりました。
『これでやっていける!』
『もっと早くやればよかった』
と、僕は天狗になっていました。
FXでは通常、損切りと呼ばれるある程度損失がでたら
そのトレードを諦めて、損失を確定することが重要なのですが、
当時僕は完全に有頂天でした。負けるはずがない。
損失がでても一時のこと。すぐプラスになるよ。
そんな風に思いながら、トレードしていたのです。
ところが、相場の神さまはそんなに甘くありませんでした。
当初は小さな損失でした。でも、ほっておいたところ
ミルミル損失が膨らんできました。
気づけば、当初資金を割り込んで半分までに減ってしまったのです。
家族と不自由なく暮らすための大事なお金を
増やすどころか減らしてしまったんです。
「取り返さないといけない」
僕はすぐそう思いましたが、
「いや、これではいけないんだ。大事な資金をリスクに晒しては
いけないんだ」
ってそこで気が付いんたんです。
あんなに一生懸命頑張ったFXでしたが、
僕はきっぱりとやめました。
僕だけのお金じゃありません。
一番大切な家族だけには迷惑を掛けたくありません。
そこで僕が挑戦しようとおもったのが、
「ビジネス」です。
とはいえ、先ほども言った通り、
営業もコミュニケーションも
低スペックです。
資格なんて、運転免許と簿記2級
(※2級レベルは見向きもされません)
僕は悩みました。
「家族と不自由なく暮らす」って
ただの夢なのか・・・
僕みたいな能力なしは
「ささやかな夢」さえ見れないのか
僕がしていることは、無駄なのか・・・
そんな悩みを抱えながら
インターネットを検索して
たどり着いたのが
「ネットビジネス」
でした。
ネットならば、
コミュ能力・営業ベタな
僕でもできるんじゃないか?
パソコンの営業をやっていたので
キーボードやネットぐらいならできる。
しかも、ネットだといつでもどこでも
できるから、家や副業としてもできる!
始まりはたった
それだけの動機でした。
初めにやったことは
自分のブログを作り
商品を紹介していくことでした。
営業マンが商品を直接説明するかわりに
ネットで、文章で説明する。
やっていることはとても簡単で、
キーボードで文章を書くだけ。
ただやっていくうちに
売れるテクニックが
あるのがわかってきました。
それが、
「セールスコピーライティング」
という技術です。
このセールスコピーを知ってからは、
「もっと読み手のこころが
動く文章を書くにはどうすればいいだろう?」
「どういう見出しをつければ、
この記事に反応してくれるだろう?」
そんなことばかり考えるようになりました。
楽しかったんでしょうね。
FXを始めたころみたいな勉強頑張らねばという
義務感ではなく、
率先して取り組んでいましたから。
僕は副業としてコピーライターを
しているので、収入自体はまだ
多くはありませんが、
僕の師匠は
月収100万円とか余裕みたいです…。
師匠がいうには
「月100万円」というのは、実際に達成してみると、
思ったよりも大したことないそうです。
僕はそこまではいけてませんが、
なにより
「お金になるスキルがあるから大丈夫!」
という自信にはなりました。
会社の給料もあり、
そして副業としてもしっかり稼げることが
できるようになってきました。
とりあえず、
家族と不自由なく暮らせるようにはなりました。
夢は
もっともっと家族との時間を増やすことなので
道半ばではありますが
少しづつ、実現に
向かっているのかなと感じます。
このブログでは
僕が労力と時間をかけて
試行錯誤しながら勉強している
「セールスコピーライティング」
の魅力やテクニックを伝えていきたいと
思います。
自分の恥ずかしい過去も含めてなので
ずいぶん長くなってしまいました。
最後まで読んでいただき、
ほんとうにありがとうございます。
こんな僕ですが、今後とも、
どうぞよろしくお願いいたします!
コピーライティングで
夢を実現しましょう(^ ^)