「チコちゃんは〇〇だから」

と言われるのが大嫌いだった。

いい意味でつかわれている時や、評価されている時も、違和感をもった。


なんだ、それ?
私の何を知っているの?
決めつけじゃん~~

でも、

振りかえると、私もやってたな。

占いなども大好きで、「タイプ別」に分けることが、大好きだった。

今は、
なんで、昔の私はそのことが大好きだったのかな?と思うし、

なんで、今のワタシはしなくなったのかな?とも思う。


昔の私は、
相手と自分が「別の人」だということを、確認するツールが欲しかったのかもしれないな。

今は、そんなあたりまえの事を、いちいち確認しなくても「あ、そう」で済ませるようになったのかな。

相手をレッテル貼りをなるべくしないで観る目は、
訓練で鍛えられて、少しはマシになったかな?

人には必ず認知の歪みがあり、はじめて知る情報が痛烈にインプットされているらしいので、完全に公平なんてはできてないけど、

自分の「認識」「住む世界」と、
相手の「認識」「住む世界」は違う、という事は、少しは「認識」できるようになったのかもしれない