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(2021年8/15公開)

 

【梗概】

 主人公の和田(二五歳)は連休を利用して、部長の塚田と係長の細田の三人で、細田御自慢の新車の四駆で山奥に渓流釣りにやってきた。

 釣りを楽しもうと遥々東京からやってきたはいいが、突然の豪雨に襲われ釣りどころではなくなり、仕方なく引き返すことになった。しかし、来た道を引き返していると突然前方で土砂崩れが起き、道路が寸断されて先に進めなくなってしまった。

 そこで止む無くまた来た道を引き返して別のルートで帰ろうとどんどん山奥の方へと車を走らせていった。しかし、行けども行けども奥深い山に吸い込まれるばかりで抜けられそうにない。いつしか日は沈み、不安は一層濃くなっていった。

 カーナビが反応を示さない山道を苛々しながら更に更に奥へ入っていくと、ようやく町に抜け出すことに成功した。そこはレトロな情緒漂う落ち着いた雰囲気の町だった。

 暗い夜の山道をうろつくのは危険と考え、その日はその町で一泊しようと思い、宿屋を探したが一軒もない。仕方なく寝るのは車内ということになった。

 食料もなく空腹で苛々していると、ネオンの灯りが見えた。近寄るとそれはスナックだった。レトロな雰囲気を漂わせる和風テイストの店には、田舎の山奥には勿体無いくらい綺麗な三人のホステスがいた。

 瞬く間に愉快な時間は過ぎ、気がつけば閉店時間が迫ろうとしていた。にもかかわらず何を思ったのか、夜の夜中に突然部長が先日出張先の仙台のホテルで遭遇した怖い体験を話したいと言いはじめた。選りにも選ってこんな人里離れた山奥のしかも初めてきた店でしなくてもいいのにと思いつつ、和田はしぶしぶ話を聞く破目を食らった。

 神妙な面持ちで部長の塚田は口を開いた。それは深夜ホテルの部屋の壁に頭からぐいぐい引きずり込まれ、首から先が壁を突き抜けたところでどうにもこうにも身動きがとれなくなったという何とも奇怪なものだった。

 部長は話し終わると今度は係長に怖い話をするように指示した。ホステスたちも期待して耳を澄ましている。部長の気が済んだら車に寝に帰れると思ったのに、それどころか益々盛り上がってしまった。人一倍怪談話が苦手の和田には耐えられなかった。

 細田の体験談は昔家族で大阪に旅行したときのものだった。彼はそのホテルで朝空爆を受けながら黒煙を上げる大阪の町を眺めたと言った。誰もが背筋に冷たいものを感じたが、部長は他人の体験には否定的だった。

 深夜零時を過ぎてはじまった怪談話は終わりを知らなかった。部長の塚田は閉店時間になろうともお構いなく、ホステスにも体験談を聞かせてほしいと願った。しかし、誰もそういった類の体験はなく、ここでようやくお開きかと思いきや、最後に和田に話すように命令した。

 和田は困った。話せと言われても部長が聞きたがっているような経験は一度たりとてしたことがない。そこで和田は悩んだ挙句、昔四国の曾祖母から聞いた話をすることにした。それは彼の家系に纏わるものだった。

 和田の曾祖母の正美は明治の女で、元来四国の人間ではなかった。彼女は四国から遠く離れたある山里の生まれで、六つのとき、母親のおセイに手を引かれて村を逃げ出した。

 正美は成長する中で様々な嫌なものを見てきた。最初に見たのは彼女が村を出る前の晩、軍刀を振りかざす不気味な巫女だった。

 四国に渡ってからも嫌なものを見つづけた。盗賊に襲われ、無残に切り刻まれた遍路の亡骸を土に埋めてやることにも慣れていた。時にはあの世に行き迷う亡霊に手招きされたこともあった。

 成人してからも正美は嫌なものを見なければならなかった。一人息子のセイジのせいで。出兵し、生きて返ってきたセイジは、母親の正美に嫌な物を見せつづけた。子供の頃は虫も殺せない女の子のように優しい子だったのに。息子を狂わせた戦争を正美は怨んでいた。

 正美には気がかりなことがあった。母親のおセイの死に際の言葉が奇妙に思えてならなかったのだ。おセイは、あの村の話を聞かせて育てたせいで、セイジが狂ってしまったのだと涙ながらに言った。あの村の話? それがどういうものなのか正美はわからなかった。

 和田が話し終わるとホステスたちが奇妙な行動をはじめだした。まるで感情のない機械のように忙しなく何かの用意に追われている。一体何がはじまろうというのか? そのとき和田たちの脳裏に嫌な考えが浮かび上がった。まさかこの村が曾祖母の生まれ故郷なのではと。とするとあの軍刀を振り回す巫女が傍にいるのではと。そう思ったとき、逃げ場がないことに震え上がった。