優しい瞳
遠く、離れて行く
落ちて行く私の視界から
アナタの瞳が
アナタの眼差しが
優しさに溢れているのに
アナタの手は
冷たく
私を突き落とす
始まりの谷底へと・・・
君を見つけた
長い長い記憶の果てに
似ている何かを感じた
君のその横顔に
躍る心と
芽生える感情に
私は、従った
高い高いこの絶壁の上を見てみたい
私の伸ばした片手に縋りつくように
小声で語り出した
それからは、君を想い
君の笑顔のために考えた
嬉しそうな君の声
少しむくれた君の顔を見ることが
生きがいになりつつあった
ただ、時折、その笑顔を隠して俯く
甘えた声で
寄り添ってくる
其れが、私ではなく、他の誰かを覗いている瞳
それを見つめることが
苦しいものだった
遠く、離れて行く
落ちて行く私の視界から
アナタの瞳が
アナタの眼差しが
優しさに溢れているのに
アナタの手は
冷たく
私を突き落とす
君の甘えが
わがままになったのはいつのことだろうか
君の夢が
愚痴に成り下がったのは何時の頃だろうか
気がつけば、君は背に
私の手は赤く染まり
動かすたびに
眉間に皺が寄る
崖の途中
口癖は、無理
声は甘くお願いするばかり
己の力で登ることは
当の昔に止めている
早く・・・
早く・・・
早く・・・
急かすばかりで
何もしない
なにかそう、鉛よりも金よりも
重い何かを
重く冷たい何かを
背負っているようで
下を覗く度に、生きた心地がしなかった
遠く、離れて行く
落ちて行く私の視界から
アナタの瞳が
アナタの眼差しが
優しさに溢れているのに
アナタの手は
冷たく
私を突き落とす
当たり前
優しさ、思いやることが
当たり前
気遣い、愛でることが
当たり前
私が、傍に居ることが
わがままに、わがままに
受け取り続けるだけ・・・
底無しに、吸い続けるだけ・・・
無邪気な笑顔は、変わらないのに
身体ばかりが大きくなる
悪戯ばかりしでかして
反省すらしない
面影はあの頃のままなのに
何もかも、何もかもが
別人のようで
私の中に、ふと疑問が湧き上がる
まだまだ、先の長い崖の果てを見つめ
安らかに眠る君を
ゆらゆらと揺れる炎越しに眺めた
この子は、私が死ねば、どう登って行くつもりなのだろうか
また、あの時のように待つだけなのだろうか
夜も明けぬ一時の永遠は
私を、鬼に変えたのだ
遠く、離れて行く
落ちて行く私の視界から
アナタの瞳が
アナタの眼差しが
優しさに溢れているのに
アナタの手は
冷たく
私を突き落とす
朝陽が、僅かな隙間から差し込んでくる
眠そうな顔で起き上がった君を
最初は、抱きしめた
次に、お礼を言った
最後に、泣きながら、頭を撫でながら
別れの言葉と、これからすべきことを伝えた
そして、私は・・・
遠く、離れて行く
落ちて行く私の視界から
アナタの瞳が
アナタの眼差しが
優しさに溢れているのに
アナタの手は
冷たく
私を突き落とす
何が起こったのかも解らず
悲鳴ばかりを轟かせた
このままじゃ死ぬ
このままじゃ死ぬ
嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・
私の手は、どこかに伸びては弾かれて
やっとのことで
何かを掴み取った
同時に、顔を歪めた
見たことも無い手の色が目の前に在った
でも・・・
それを必死になって掴み
登り
小さな隙間に身体を埋め
息を吐いた
ぐるぐると巡る記憶が
あまりにも鮮明で
現実との境目が判らない
ただ・・・一つ
彼に、落とされたという事実だけが
胸に、グッと込み上げて
何かを焼き付けた
悔しさと後悔と怒りが
涙と共に流れ落ち
途方に、暮れた
見上げた空はずっと上
凍える寒さが
傷口を切り刻み
眠りから叩き起こす
ケタケタ笑う風が
何度通り過ぎたことだろう
無表情に通り過ぎて行く雨を
何度舐めたことだろう
目の前の蔦の根にしゃぶり付き
空腹を紛らわせたこともあった
目の前が霞むたびに
彼の顔と共に湧き上がる憎しみが
私を生かす糧となる
ふと、身体を摩った
もこもことお尻に当たるものがある
小さなポーチ・・・
中身は
ナイフ、塩、干しモノ、布切れが少し・・・
決して多くはない
でも、食べ物と何かだ
その時、ふと横切った何か・・・
絶対、追いついてやる
追いついて、殺してやる・・・
そんなものだった・・・
あっけないほどに
時間と言うものはなくなるものだ
消えぬ炎を頼りに
いったいどれくらい、登ったのだろう
ようやく、終わりに手が届き
喜びと同時に
溢れ出る憎悪
切れ味の無くなったナイフを片手に
あたりを探す
さすがに居る筈も無い
諦め、淵を暫く歩いた
限りの無い空
止まることの無い大地
溢れんばかりの緑と日差し
あぁ、素晴らしい
やっぱり、考えていた通りだ
対岸はどうだろう
何も無い、荒地が広がって
何か、きらきらと光り
棚引いている
目を凝らし、その布のようなものを見つめた
はっとする
間違いない、見間違えるはずも無い
アイツの着ていた服だ
じゃあ、アイツはどこに・・・
きらきらと光る何か
真っ白で、丸くて・・・
あれ?
・・・。
遠い昔、過ちを犯した
それは、与えるだけの人間性
そして、罪を刻んだ
その結果が、これか・・・
まぁ、当然といえば当然なのだろう
あとは、君に運があることを願うばかりだ
あぁ、溢れんばかりの命が目前にあり
絶望が、後方に広がる
深い闇が私を見上げ
手招きをしている
が、これで善いのかも知れないな
暫く、待ってみるのもいいだろう・・・
君は、気がついてくれるだろうか
私の願いも想いも、そして理由も
いや、それは身勝手な我儘か・・・
私の背中には
何時から鋼の棒が入っていたのだろう
私の身体は
何時から剝製のように固まってしまったのだろう
憧れ、甘えた、大好きで憎らしいあの人は
優しい瞳すらも枯れ果てて
転がっている
燃え盛る炎も一瞬で消え果て
ぽっかりと穴が空いたような
虚しさに包まれる
眩しさも嬉しさも
何もかもがどうでもよく
止め処ない涙を
幾粒も、暗い谷底へ落とした
ただ、そのときの叫び声は
轟くどころか
何もなかったかのように
何処かへ消え去り
私を独りぼっちにしたのだった・・・
無気力な時間を過ごした
ただ、食べて
ただ、寝るだけの日々
充実しているはずなのに
何かが足りない
思い返し、探すたびに
あの瞳と眼差しがある
最後まで消えることのなかった
優しさ
どうしてなのか
未だ、判らない
しわくたで、よぼよぼになった今でも
解らない
蘇った彼の温もりと
言葉と、傷跡を胸に
小さな部屋で
ゆらゆらと椅子を揺らし
このときの私は、孫の訪れを待っていた・・・
あぁ、なんともまぁ、楽しみといえば其れくらいだから
by幻想師キケロw