帰らない黒猫
(′・ω・)第六話、猫に戻った猫(そのく)
様々な匂いが入り混じる広い部屋。学生どもが、大声で騒ぐ五月蝿い部屋。私は、今その一角で、先生と呼ばれた二人の間にちょこんと座り、小さな、それでいて同属の顔の絵が書かれた、猫缶と言うものをじっと見つめていた。おかしな気分だ。生前は、鼠や鳥、蜥蜴やばったの類がほとんどで、稀にパンを盗み食いしていたくらいなものであったから、こんな珍妙な入れ物に入った肉なのかパンなのか判らない食べ物を出されると、馬鹿にしているものか真面目に出されたものなのか、真剣に悩んでしまう。
「橋本先生、猫、くわんっすね・・・。」
「警戒しとるだけじゃろ。なにくわんでも。元の場所に一匹にさせときゃくうもんじゃ。」
「そんなもんすかね?」
頭上で飛び交う会話、そして、ちらりと目線をあげれば、学生どもの目線が痛いものである。
「あれ?先生、クロここに連れてきて大丈夫なんすか?」
「おう!弥勒。お前んとこの猫、怖いくらい利口じゃから大丈夫じゃ。ただのう・・・、ほれ、缶詰やったんじゃが、さっきから見てるばっかでナンも口にせん。なんか好物とかあるんかのう・・・」
「あー・・・。パン、とか?」
私は、パンと聴いた瞬間、無意識に耳を動かしたらしい。らしいというのは自分では動かした覚えはないのだが、両隣にいる男が動かしただのなんだの騒ぎだしたから気がついたまで。はぁ、人間と言うものにはウンザリだ。どうしてこうも騒ぐものなのか。私は、弥勒を見つめながら、ふっと短い溜め息を突いた。それから、真四角で、私がよく悪戯をするパンを、弥勒が買って着てくれた。それを大衆の目の前でちぎりりぎり口にして、なんだか見世物になったような不快感から、若干ぶっすらと不貞腐れた。
「先生、となりいいっすか?」
「いいもなにも、お前さんの猫じゃし、遠慮は要らん。」
ニヤニヤと見つめてくる彼に、小声でなんだよといった。彼は、皮肉めいた含みを持たせ猫にもどった猫だなと、小声で答えた。
「お前なにぶつくさいっとるんじゃ?」
「いやぁ、家にいるときと全然違うもんだからつい。」
「ほ~う。このちっこいのがのう・・・。」