幻桜
人は、其処に在ることすら知らぬであろう
かつて
切り倒し
炎の中へと投げ入れた
美しき山桜が在ったことを
その後
僅かに吹き返した若い芽が
おもむろに
大樹に育っていることを・・・
人は、解らぬであろう
その桜が花咲かぬ理由(わけ)を
苦しみに悶え
この世に絶望し
死に絶えることなく
かすかな希望を胸に
再び芽吹いた意味を
いまだ空に描く
理想の中に
人を見たいという夢を抱き
ひたすら耐える姿を
鳥が囁く
ほら、またきたよ
風が語りかける
ほら、またきたよ
雲が暗く顔色を変え
おもむろに悲鳴を上げる
霞の中に蠢く幻影が
桜の中に刻み込まれた恐怖を
再び燃え上がらせ
聞こえぬ叫びを木霊せる
それを
幾度も、幾度も繰り返し
いつしか
生きるだけの屍となっていた・・・
木漏れ日の中を歩く
小さな蟻が
枯れたスミレの足元から
高らかと種を持ち上げた
その後ろに聳える
山桜を見つめ
何か言いたげに
触覚を上下に動かした
月下の崖上に
銀色に輝きながら
枝を揺らす
葉は枯れ落ち
水滴が、枝へしがみ付いては
ゆっくりと凍りつく
さぁ、さぁと
風たちが戯れ
はらはらと、その結晶を払い落としていた・・・
その光景は
あたかも桜が咲き誇り
散っているかのように思えるほど
美しく
あの頃の淡い紅色が
蘇るように見えた・・・
だが・・・
朝陽が登れば
現実を映すかのごとく
流れたる雲海に
細々とした影を映すだけ・・・
虚しさだけが黄金に花開いているだけだった
by幻想師キケロw