帰らない黒猫
(′・ω・)第五話、不機嫌な猫(そのよん)
夢と解っている。けれども、このまま見続けていたいと思える。声が言葉にならず、鳴き声として、耳から入り込むこの感覚。酷く、そう、とても酷く懐かしい。にゃあ、にゃあ、にゃお、にゃおん。もどかしく、それが普通だった。猫のときの記憶。
「あら、スムちゃん。寝ちゃうの?もう、食べるだけ食べちゃって先に寝ちゃうって、酷いよね?」
「にゃう・・・。」
目の前に現れたころには、少女の顔はおぼろげに遠退いていく。あぁ、まってくれ、彼女の顔を今一度、今、一度。今、一、度。
「おい!スムール!しっかりしろ!おい!」
夢から覚めれば、目の前に弥勒の顔が在った。丁寧な扱いをされているのは、何かを入れていたふるいバスケットの中にいれば解る。まぁ、あくまで猫として、だがな。まだ、頭の中がもやもやとして、酔ったような感覚だった私は、ふらふらと頭を起こし、彼に、もう少し声を下げてくれと言った。彼は、ほっとした笑みを浮かべ、顔を遠くへ。私が見慣れた高さまで退かせた。それから、それから。彼の姿が見えなくなると、なにやら、声が聞こえる。弥勒と、その父と、母と妹の声。体に、未だ力が入らない。かといって眠いわけでもない。半開きにされた、籠の蓋から流れ込んでくるのを聴いて、考えるほか無い。見えるものといえば、天上と僅かに入り込んだタオルの端だけなのだから。けれども、何と言うか。ぼんやりと流れ込んでくる声と言うものは、すずめや虫の声と同じく、ただの鳴き声。意味は理解しているのだが、左から入れば右から出て行ってしまうようで、後々、はて、どんな話をしていたのかなと、考え込む始末。なぜときかれても、このときの私の頭の中は、夢、とりわけあの少女のことが気になって仕方がなかったのだ。誰だったかな。誰だったかな。小声で、何度も呟きながら、私は、首をくねりとゆっくりと回し、尾から腹、腹から手、手から背のすこし盛り上がったところ、そこから横腹へと視線を流した。けれども、何も変わったところなど何一つない。こてんと頭を落とし、籠の隙間を、じっと見つめていた。
by幻想師キケロw