美しき嘘
嘘は、この世界において
最も嫌われる行為だと
私は認識していた
嘘を付く側を詐欺師
付かれる側を愚者と称するのだと
理解していた
だが、実際を見てみればどうだろう
人は、嘘を楽しみにさえしている
これはなぜだろう
なぜだろう
なぜだろう
理解することも難解で
不可解、不可思議
首を左右にかしげ
視点を変えても見るが
やはり理解にも及ばなかった
やはり、人は嘘を嫌う
しかしながら、嘘という物語を好き好む者も入れば
嘘という現象を楽しむ者もいる
騙されたと分かった途端
何故か怒るのではなく
笑い出すのだ
まったくもって興味深い
観察を続けるうちに
なんともまぁ、考えにも及ばぬ言葉さえ出てきてしまう
美しき嘘が
存在するというのだ
これは、どうしたことだろう
嘘に美学が出来たとでも言うのだろうか
私は、ひたすら俯いて唸り
首をひねり
算出し
答えを求めるものの
やはり判らなかった・・・
頭も体も熱くなるばかりで
なにも見えてはこない
本当にそれ自体存在するのだろうか・・・
私は、狭い書斎を行ったり来たりを繰り返し
その実態を探ろうと眼を細めた
だが・・・
月明かりすら見えぬ暗闇を覗いているような気分だった
篭っていても仕方がない
私は思い切って外に出て歩いてみることにした
世界は、とても広く奇妙奇天烈なものに囲まれている
歩けば歩くほど
子供のころに読んだ
飛び出す絵本を見ているようで
ワクワクした
だが、一向に出会わない
目的のモノにすれ違うこともない
はてさて、どうしたことだろう
賑やかな街にも
のどかな農村にも
やつれた郊外にも
小さな孤島にすら
それを思わせるようなものはなく
私は、ガックリと肩を落とし
諦めざるを得ないのかと
最後に戦場へ足を運ばせた
飢えと苦痛の中
その輝けるものが居た
火にまかれ
剣に追われ
銃弾に倒れていく
そのさなかでも
笑顔を絶やさなぬ少女と少年
脳裏に何かが煌めいた
よし、この子達を追ってみよう
それから、彼らに寄り添うように
付いて回る
彼らからしてみれば
私という存在は見えずしているようなものだろうが
気がつくようなものでもない
じっと眺めていると
少女が少年に言った
【ほら、もうすぐ美味しいご飯が食べれるよ。走りましょう。あの樹まで】
少年は、少しやつれた顔で微笑みながら答えた
【うん、そうだね。きっとあの樹は、とてもとても美味しいパンがなる樹なのだろう。行こうよ。そこまで】
はて・・・
そのようなものは一本もないのだが・・・
私は当たりを見渡してみても
樹木など、果ての果ての山に見えるくらいで近くには燃え尽きた炭が数本
だが、彼らは進むのだ
一本、また、一本と
何かにすがりつくように
フラフラな足を引きずりながら
混沌の中を
悲鳴憎悪の大地を
宛もなく放浪するのだ
一つ間違えば、一瞬で死んでしまうという状況の中で
何かを求めて
必死で進み続ける
私は、彼らの言動が嘘であることは等に理解している
だが、その先の何かが引っ掛かっていた
必死なのは解る
逃げていることも解る
だが、其処にある純粋な笑顔はどこから来るのだろう
どのような感情がそうさせるのだろう
私の胸に、一つもやりと煙が立ち込めた
私は、未だ彼らと共にいる
次第にやせ細っていく姿を
見ることしか出来なかった
なぜなら、声も腕も
きっと彼らをすり抜けてしまうのだから
何もできないのだ
ふらつく足は、時を追うごとに大きくなっていく
前を見る瞳も、泳ぎ出している
最早、限界だろうと
諦めその場を後にしようとしたとき
少年が倒れた
浅い吐息が砂を、少しだけ巻き上げる
少女は、少年を抱き抱え
ほら、もうすぐもうすぐだよと連呼していた
私は、一つため息を付いて両目を閉じていた
だが、その知らんぷりも
たった一言で破られてしまう
少年は言った
【姉ちゃん、ほら観てご覧。真っ白な服を着た綺麗な人が其処にいるよ。】
驚いた
人には見えぬはずの私が、彼には見えているのだ
まさかと思い
少女の方を見る
大粒の涙をぼろぼろとこぼし
うんうんと頷いているだけでしかなく
私のことは見えていないようだった
【姉ちゃん、ほら、綺麗な人が其処にいるよ?真っ白で金色で綺麗な人が其処にいるよ?】
少女は震えた声で
【うん、綺麗だね。本当だね。きっと神様か何かだね。】
と、答えている
試しに、少女の前で手を降ってみるものの
やはり見えていないようだ
少年にだけ私が見えていることになる
ん?待てよ・・・
ふと沸き上がる疑問
少年に私が見えて
少女には見えない
ということは
少年の言っていることは
少女にとって嘘にはならないだろうか
となれば、今までの言動にも筋が通る
そう・・・
彼らが付いていた嘘とは
生きるために必要な【希望】という嘘だったのだ
喜びの声を思わず挙げた
そうか、そうか
そういうことだったのか
美しき嘘とは、生きるために必要な希望の光りそのものだったのか
ようやく解けた難題
そして、その裏腹に息を引き取ろうとする命
おぉ、有難う人間の子らよ
私よりはるかに短い命でありながら
私以上に優れているものたちよ
私は、あのことを忘れ
駆け寄って抱きしめた
少女が、ぽかんと眼と口を開けて私を見つめた
そして、私自身も驚いた
この手が彼らに触れているのだから
そうか、奇跡とはこのことを言うのだろう
私は、もう一つの答えまで導き出した
二人に私が触れることができた奇跡
二人が私を見ることができた奇跡
信じあった二人だからこそ出来た奇跡に違いない
私が片腕に少年を抱き抱え
もう一つを少女の前に差し伸べた
最初は警戒していたようだったが
安らかな吐息を確認すると
小さな手をトンと載せてくれた
私は、その手を引いて
さぁ、私は君たちにお礼をしなければならない
この重なりし光を起こしてくれたことに対してのお礼だ
私は、少女の手を引いて
少年を抱きかかえ
彼らの命が、再び燃え上がるところへと連れていった
すれ違う人々もまた
私の姿に驚き
ある者は涙を流し手を合せ
ある者は恐怖し逃げ惑い
ある者は腰を抜かし動けなくなった
それでも、私は彼らと共に笑いながら歩き続けた
周囲など気にすることはない
私たちは私たちなのだ
もうすぐだよ
そう語りかけながら
ゆっくりと日の昇る地を目指した・・・
美しく楽しい嘘というお話を互いに掛け合いながら・・・
by聖咲のラジエル