オオカミ絵日記 -5ページ目

オオカミ絵日記

故郷を離れ、人間の世界で人に化けて生活することになったオオカミの絵日記。
(このお話はフィクションです。なおかつ適当にお話を後から変えてしまう場合があります。
「おいおい前読んだ時と話が違うじゃないか!」などと怒らないでください。)

野生のオオカミが人間になるにはそれなりの苦労がある。

オレが一番苦心した事のひとつが「排泄を部屋の中でする。」ってことだった。
「オオカミの森」で生活していた頃は常に外で済ませていたからだ。

それに人間にとってはただの「排泄」というだけのことだが、
オレたちにとってはそれだけじゃなく、縄張りを示すしるしだったり、
排泄物の配置によって獲物の通り道をコントロールしたり。
様々な意味がある。
そういった習慣の意味を考えないようにするまでには時間がかかった。



と、どうでもいいことを考えながら担当編集者の話を聞き流していると、担当の奴が
「ちょっとお願いしずらいのですが・・・。」
と珍しく恐縮して話し始めた。

「私のママがどうしても先生に会ってみたい!といい始めまして・・・。」
!?ママだって!?
「だめだと言ったのですが、無理やりにでも会うと言って、実はもう田舎からこっちに来ちゃったんです。ちょっとで良いので会ってやってもらえませんか?」
ということで、こっちは特に断る理由も無いので担当との会議の後に奴のママと会った。

ママは「先生のおかげでこの子は始めて良い仕事ができた様子で、本当にありがとうございました。」
と言って頭を下げた。



担当の奴はきまり悪そうな顔で傍に立っていた。
オレはただ仕事をこなしているだけなのでどうかお気遣い無きようにと応えつつ
ちょっとした戸惑いを覚えていた。

ママの身体からは病気の匂いがしたからだ。
それもかなり危険な匂いだ。
人間には判らなくてもオオカミの鼻にはプンプン匂ってくる。
オレは会話を続けながらどうしたものかと思案した。

そしてこう言った。
「今日はお会いできてとても光栄でした。
ゆっくりとお話を伺いたいのですが、
このあと私はちょっと予定がありまして、
もし宜しければ きょうはご子息の家にお泊りになって
明日の夜、ご一緒に食事をしていただけませんか?」
と言った。
担当の奴はオレの突然の申し出にビックリした顔をしている。
ママは少し間をおいて、
「お誘いありがとうございます。喜んでそうさせていただきますわ。」
と応えた。

次の日、オレが朝飯を食べ終わったころに担当から電話があった。
「すみません!今日の会食ですが、キャンセルさせていただけませんか?
・・・実は昨夜母が倒れまして・・・今病院から電話しています。」
オレは病院の場所を聞くと、
電話を切り、身支度をすませて病院へ向かった。

看護士さんに案内されて奴のママの病室へ行くと、
点滴やら、何かの管をつけて眠っているママの横に担当が座っていた。

「すみません。わざわざ。」
担当が言葉少なに経過を語った。

ま、「オオカミの森」なら死んでいただろうが、
ここは人間の世界だ。
なんとか助かりそうということだった。

ママが倒れたのはお風呂だったそうだ。
当然ママは裸だったわけだが、
その時、担当は初めて痩せ衰えた母親の裸身を見たらしい。

「昨夜は気が動転していましたが、私も母も、もう大丈夫です。
偶然とはいえ、先生にお引止めいただいたおかげで母も大事に至らず、
ありがとうございました。」
オレは適当なお見舞いの言葉を述べるとその場を辞することにした。

帰る前にトイレに寄っていこうと思いつき、
病院でトイレの個室に入った。
オレはどうも横一列に並んで用を足すってことがいまだに出来ないのだ。



便座に腰掛け、用を足していると誰かが入ってきた。
担当の奴だ。
見えなくても匂いでわかる。
奴はオレが入っている個室の隣に入った。
すると押し殺したようなすすり泣きが聞こえてきた。
「うう・・えっ・・・ママ・・・・ごめんよ・・・ごめん。」

人間にとっても、トイレには排泄以外の意味があったのだ。
オレは水を流すとトイレを出た。


「オレと奴は臭い仲。」
つぶやいてみた。


そうだ、今日の夜は何をたべようか?