Long Good-bye

Long Good-bye

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

 

   深夜や早朝のラジオ番組を 、寝床の中で うつらうつら 、聴く

  ともなく聴いていると 、リスナーさんから番組に寄せられるメール

  が 時折り 紹介される 。

    メールの寄せ手の名前は 、「ラジオネーム 」と呼ばれるニック

  ネームで紹介されるのが通例で 、頻繁に耳にする名前があるの

  で 、常連のリスナーさんも多いように思われる 。

   ラジオネームの中には 、例えば 以下のようなものもあり 、挙げ

  ればきりがないが 、大抵は駄洒落 。

 

     葛飾区北斎 くまねこパンダ サンザン・オールスターズ 

    ジジーナ・ロロ・ブリジーダ ちみつの花園 

    てつこのへあ トモ・クルーズ ドン・カマチョ 

    ニック・ジャガー 必須アミノ酸 ひらたいら 

    ブサイクルショップ レディ・ババ ・・・・

 

   ☆ ☆ ☆ ☆  

   

   今日の「 お気に入り 」は 、記憶や思い出のよすが とする

  ため 、時折り 、抜き書きしたり 、メモしたりしたものの

  なかから 、 いくつか 。

   ( カッコ内は 、出どころ や 筆者の感想 )

 

 ・「  八女茶の チャ チャ チャ

   八女茶の チャ チャ チャ

   チャ チャ チャ

   八女茶の チャッ チャッ チャ  (^^♪ 」

 

  ( 「 NHKみんなのうた 」や「 おかあさんといっしょ 」などで 

   耳馴染んできた 童謡「 おもちゃのチャチャチャ ( 野坂昭如作詞 、 

   吉岡治補作詞 、越部信義作曲  )」のメロディーを聞くと吉岡治さ

   んの「 そらにきらきら おほしさま みんなスヤスヤ ねむるころ

   おもちゃは はこを とびだして おどる おもちゃの チャチャチャ 」

   の歌詞を思い出すが 、同時に思い出すのが替え歌の方 。

   野坂昭如さん( 1930 - 2015) 、吉岡治さん( 1934 - 2010 ) 、越部

   信義さん( 1933 - 2014 ) 、同年代のお三方とも故人 。色んな

   歌詞 、アレンジがあるらしいが 、「 日本の歌百選 」に選ばれたり

   「 子どもにきかせたい曲 」アンケートの上位に選ばれた楽曲らしい 。 )

 

 ・「 あせらず 、あわてず 、あきらめず 」( 高梨沙羅さん )

  

 ・「 卵を割らなければ 、オムレツを食べられない 。 」

  ( フランスかどっかの言い伝えだったか 、「 岸恵子自伝 」の副題だったか? 

   ” On ne fait pas d'omelette sans casser des œufs. ” )

 

 ・「 ひまつぶししてるひまがない  」

  「 住みやすいのに生きにくい 」

  「 みんな違って みんな変 」

  「 逃げるは恥だが やくみつる 」

  「 気づいたら七十 、運が良ければ八十 」

  ( どこで読んだか書き忘れた )

 

 ・「 男のロマンは女の不満 」

  ( どこで聞いたか忘れた )

 

 ・「 お湯の水割り ≒(ニアリーイコール) ぬるま湯 」

  ( 某ニッポン放送の深夜番組で某アイドルが言っていたのを聞いたような気がする 。 )

 

 

 

   フォックスフェイス 

         ブラジル原産のフォックスフェイス

               カナリヤナス とも

 

   

  「 床屋で髪を切るのは何年ぶりだろう 。高校を卒業してからは 、

   流行(はや)りのヘアスタイルにしたくて 、美容院でカットする

   ようになった 。なにしろ 行きつけだった床屋のオヤジは 、いつ

   も僕の髪を自分と同じ 七三分け にしようとするのだ 。 」

 

   荻原浩 さんが書かれた小説「 海の見える理髪店 」の一節である 。

 

   ☆ ☆ ☆

   

   小学生だった昭和30年代の昔から 、今日(こんにち)に至るまで

  髪を切って貰う目的で「 美容院 」に足を踏み入れたことがない 。

   「 理髪店 」にせよ「 散髪屋 」にせよ「 床屋 」にせよ 、三 、四

  十分の間 身動き出来ない場所に座らされるのは 、生まれつき緊張

  症の筆者にとっては、永らく苦手であった 。調髪 、洗髪が終わっ

  て 解放される時の あの「 爽快感 」がなければ 、とても辛抱でき

  るものではない 、苦行である 。

   30歳ほど年の違う 筆者の息子たちは 、若い頃からの「 美容院

  派 」である 。子供の頃 、筆者自身がハサミをとって 、バッサバ

  ッサと息子たちの髪を切っていたので 、その「 坊ちゃん刈り 」

  のトラウマから「 美容院派 」に転じたものと思われる 。今の時

  代なら「児童虐待」と言われそう 。

   原宿だか 、代官山だかの「 美容院 」に通ってる 、と語っていた

  息子も「 ヘア毛ア 」の必要な中高年 、ざまあみろ だ 。

 

   ☆ ☆ ☆

 

   筆者が小学校の高学年だった頃 住んでいた「 東京都北区上中里 」

  という街の近所に2軒の「 散髪屋 」があった 。互いに50メート

  ルと離れていないところに 2軒 あり 、その内の1軒は 、クラスメ

  イトの父親が経営する「 理髪店 」で 、級友の兄を含め理髪師が何

  人かいて 、座席も五つほどあるお店だった 。その店に行ったのは

  ニ度 か 三度で 、十代の多くはもう1軒の方の「 散髪屋 」に通って

  いた 。「 床屋 」と呼ぶのがふさわしい 、そのお店に鞍替えしたの

  である 。その頃 既に社会人になっていた 16歳 年の違う兄の 行き

  つけの「 床屋 」でもあった 。筆者同様 、兄も「 理髪店 」通いが

  とても苦手だったようだ 。

 

   長じて社会人になって 、比較的長期の海外出張旅行をしたときに 、

  海外で散髪をしたことがある 。一度は 、アメリカのニューヨーク

  近郊の海岸沿いの町の理髪店 ( barber shop ) で 、何と言って髪型を

  注文したのかは忘れたが 、ヘアカットとか何とか言って 、何とかな

  ったんだと思う 。バリカンを使ってのカットが中心だったような気が

  する 。もう一度か二度の 海外散髪経験 は 、シンガポールか 、ジャカ

  ルタ だったと記憶する 。

 

   ☆ ☆ ☆

 

   今住んでいる住居に引っ越してきてから四十有余年 、歩いて10分の

  距離にある行きつけの「 床屋 」の店主が 、高齢を理由に廃業を決めた 。

   その結果 、或る日 から 、「 散髪屋難民 」になったのである 。ご近所に

  個人経営の「 理髪店 」はなく 、今更 、宗旨替えして 、美容院に行く気

  にもなれず 、なす術(すべ)もなく二 、三カ月が経過した 。年とともに毛

  量はめっきり減ったが 、減った髪も伸びることは伸びるので 仕方なく 、

  バスに乗って藤沢駅前にある 「 格安理髪店 」に赴くことにした 。

   客の大半は年寄りで 賑わっており 、いつ行っても 順番待ち 。調髪 、洗

  髪込みのフル・メニューを選択しても 、高齢者割引もあり 、ご時世柄 、

  時折り 値上げもあるが 「北里柴三郎さん二枚 」でお釣りがくる安さで

  ある 。この値段では 、個人経営のお店は太刀打ちできない 。

 

   ☆ ☆ ☆

 

   「 石鹸の匂いに振り返る 。店主が四角い陶器に茶せんに似たブラシ

   を突っこんで泡だてていた 。

    そうなのだ 。床屋は髭も剃ってくれる 。近所の床屋に通っていた

   頃の僕は 、髭なんてろくに生えていなかったから 、いつも料金の

   安い調髪のみのコースを選んでいた 。他人に髭を剃ってもらうのは 、

   たぶん初めてだと思う 。 」

 

   「 床屋の円柱看板の三つの色は 、赤が動脈 、青が静脈 、白は包帯

   を表している 。僕にそれを教えてくれたのは 、かつて通っていた

   床屋のオヤジだ 。昔のヨーロッパでは 、床屋は体の悪い血を抜き

   取る治療を行う外科医でもあったから 、その目印なのさ 。オヤジ

   は自分が昔は外科医だったかのように威張ってそう言っていた 。

    沿道に置かれたこの店の円柱看板には電源がなく 、赤と青の血管

   に流れている血は凝固したまま動かない 。 」

 

   床屋の円柱看板 ( barber pole ) 。本を読むと 、勉強になるなあ 。

 

 

   

 

 

 

 

   今日の「 お気に入り 」は いろいろ 。

 

   まず 、一年くらい前に読んだ " 燃え殻 " さんが書かれた 本の一節 。

 

  ・「  昔 、長嶋茂雄が『 野球は人生そのものだ 』と書かれた本

 

   の表紙に笑顔で収まっているのを見たことがある 。卓球の

 

   愛ちゃんが『 人生の中に卓球がある 』と答えているのを雑

 

   誌で読んだことがある 。 」

 

  ・「 『 仕事こそ我が人生 』『 恋愛こそ人生のすべて 』的な一点

 

   賭けが苦手だ 。いや 、後々そう思っただけだよ 、はわかる 。

 

   でもライブでそれを言い切られると少々辛い  。

 

   『 辛い 』の『 辛 』という漢字に『 一 』を足すと 、『 幸 』つ

 

   まり『 幸せ 』になるんだよ 、という論点ずらしくらい苦手だ 。」

 

  ・「 人生はままならない 。だから人生には希望が必要だ 。 」

 

  ・「 『 普通でいい 』『 普通がいちばん 』『 普通になりなさい 』 」

 

   「 『 普通って 、なに? 』 」

 

   「 『 ちゃんとした大学に行って 、潰れない大きな会社に就職

 

    するか公務員になって 、ちゃんとした家のちゃんとした女

 

    の人と結婚して 、子どもを作って 、健康で幸せに暮らすこ

 

    と 。いま挙げたのはどんな親でも子どもに願うことで 、こ

 

    れが普通ってことなの 』 」

 

   「 何ひとつあのとき母が列挙した『 普通 』を実現していない 。 」

 

  ・「 遠い親戚は 、近くのコンビニの異国の人よりも 距離感が 摑め

 

   ない 。そして また一年 会わないうち に 、お互い すべて 忘れて

 

   しまう間柄になる 。 」

 

  ☆ ☆ ☆  

 

   つぎは 、二年くらい前に読んだ本の一節 。( カッコ内は出どころ )

 

  宗教色の薄い家庭に育った筆者としては 、学校の先生に 、十七 、

 

  八 の若いときに 、こういうこと 解説してほしかった 。

 

   後期高齢者になってからこの一文を読んで 、誠にもって すっきり

 

  した 。

 

  ・「 私たちは宗教に関してあまりにも無頓着です 。12月24日に

 

   教会へ行ってミサに参列して 、31日にはお寺に行って除夜の鐘

 

   をついて 、1月1日には神社へ行って柏手を打っても 、何の矛盾

 

   も感じない 。

 

    それはそれで1つの生き方です 。神道というのは 、木にも 、森

 

   にも 、川にも 、水にも 、すべてに精霊が宿る 、八百万の神様が

 

   いる 、そういう宗教ですね 。

 

    でも世の中はそれだけではない 。あの中近東の砂漠の照りつける

 

   太陽  。一歩外にさまよい出れば砂漠しかない 。死が待っています 。

 

   ギラギラとする真っ青な空が 、夜になると宝石を散りばめたような

 

   星の空になりますけれども 、非常に冷え込みます 。そのままいれば

 

   凍え死ぬような気候です 。

 

    生と死 。闇と明るさ 、そういった非常にハッキリした二分法の世界

 

   で初めて 、正か邪かという一神教の世界が出てくるんです 。

 

    世の中に神様はただ1人 、それ以外はすべて宗教ではないという厳

 

   しさ 。私は中近東に行くまでは愚かにも 、ユダヤ教とキリスト教と

 

   イスラム教が同じ宗教だということを知りませんでした 。でも 、言

 

   われてみればそうなんですね 。この3つの宗教はいずれも唯一神 、

 

   つまり 唯一絶対無二の神様 が 1人いらっしゃるだけ 。となると 、

 

   その差は 、その神様のメッセージを我々人間に伝える預言者は 、

 

   モーゼであり 、キリストであり 、ムハンマドであり 、と違います

 

   が 、神様は 同じ神様 なんです 。

 

    だからこそ 、その中で正統派争いの 、厳しい妥協を許さない社会が

 

   ある。 」(  岡本行夫 著「 日本にとって最大の危機とは? 」( 文春 e-book ) 所収 )

 

  ☆ ☆ ☆

 

  ・「  黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのはいい猫だ 。経済をやれ 。 」( 鄧小平 さん 」

 

  ☆ ☆ ☆

 

  ・「  イスラエルは 白人の最後の植民地  」( 書き留めたが 、どこで読んだか忘れた )

 

  ☆ ☆ ☆

 

   どなたが翻訳されたか知らないが、達人 、巧者であると思う 。

 

  ・「 悟りとは 、行くべきところもすべきこともないし 、いまの自分以外の

 

   何者にもなる必要もないと理解することである 。 あなたがたはどこかへ

 

   向かう旅をしているのではない 。

 

    あなたが言うような天国はどこにもない 。どこにもないという意味の 

 

   nowhere の w と h のあいだをあけてみよう 。

 

    そうすれば 、あなたがたは天国を いま ( now ) …… ここ ( here ) に見る

 

   だろう 。 」( ニール・ドナルド・ウォルシュ 著 「 神との対話 」所収 )

 

   「  Enlightenment is understanding that there is

    nowhere to go, nothing to do, and nobody you

    have to be except exactly who you're being

    right now. You are on a journey to nowhere.

    Heaven - as you call it — is nowhere. Let's

    just put some space between the w and the h

    in that word and you'll see that heaven is

    now … here.  」( Walsch, Neale Donald. 著  " Conversations With God " 所収 )

 

 

 

 

 

   今日の「 お気に入り 」 。最近 何かの機会に目にしたり 、耳にした 、

 

  文章や言葉 、そして楽曲の歌詞で 、いずれも 心に残ったもの 。

 

  抜き書きしたり 、備忘のため「 文字起こし 」したもののいくつか :

 

     ( カッコ内は 出どころ または 筆者の感想 )

 

  ・「 人生岐路多し 」( 李白さん )

 

  ・「 『 いつの時代も 、息子は父を超えていかなければいけないもの 。

 

    馬も人間もそうやって今日まで繫栄してきた 』 」

 

   「 『 すべての息子は父親を超えていかなければいけない 。それは

 

    馬も人間も同じこと 。そうやって歴史はこれまで更新されてきた

 

    のだから 』 」

 

    ( 早見和真 著「 ザ・ロイヤルファミリー 」 ( 新潮文庫 )所収 )

 

    ( 作品中、登場人物に同じ趣旨の言葉を何度か語らせている 。 )

    ( 民放のテレビドラマは滅多に見ないので 、テレビドラマの「 ザ・

     ロイヤルファミリー 」は知らない 。 )

 

    ( 因みに 原作を先に読んでいると 、一年後に DVD や配信で見

     る映画に感動することが概して少ないのは 、原作者とは別の映

     画関係者である脚本家が書いた本(ほん)のせいだろうか 、それ

     とも映像化の限界だろうか 。吉田修一著 「 国宝 」 の原作を先

     に読んで 、後から 映画「 国宝 」 を DVD で観たときも 、同じ

     ような感想をもった 。 別物なのだから 、当たり前と言えば 、当

     たり前の話し 。 )

 

  ・「 世の中は 、目に映らない場所で 、誰かが誰かのために ひたむきに

 

    何かをしているものだ 。 」

 

   「 『 どんな会社に就職したらいいんですかね 』 若者に尋ねられる時

 

    がある 。 『 魅力的な経営者 、それ以上に魅力のある社員がいる

 

    会社を選びなさい 』 」

 

     (  伊集院静 著 「 大人の流儀 」( 講談社 刊 )所収 )

 

  ・「  あなたの心に 風があるなら ・・・

    あなたの心に 空があるなら ・・・

    あなたの心に 海があるなら ・・・

 

    あなたの心に 風があるなら

    そして それが 春の風なら

    私ひとりで ふかれてみたいな

    いつまでも いつまでも

 

    あなたの心に 空があるなら ・・・

    そして それが 青い空なら

    私ひとりで のぼってみたいな

    どこまでも どこまでも

 

    だっていつもあなたは 笑っているだけ

    そして 私を 抱きしめるだけ

 

    あなたの心に 海があるなら

    そして それが 涙の海なら

    私ひとりで およいでみたいな

    いつまでも いつまでも

 

    ラララ ・・・

 

    だっていつもあなたは 笑っているだけ

    そして私を 抱きしめるだけ (^^♪ 」

 

    ( 中山千夏 作詞 、都倉俊一 作曲 ) 

 

 

 

 

 

   紙の本の小さい活字を読むのが辛くなり 、電子書籍で本を読むのが

 

  基本になってしまった 。持ち運びが簡便な文庫本があるときは 、電

 

  子書籍と合わせて 、購入することもある 。

 

   視力だけでなく 、記憶力の減退もあるので 、登場人物の多い小説を

 

  読むときは 、登場人物の氏名 、年齢 、主人公との関係などを、初出

 

  のときに 、メモ書きしておくこともある 。メモするのも忘れて のめ

 

  り込むほど面白い小説に出会うことは滅多にないので 、メモ書きが

 

  読書の妨げにはなることは特段ない 。

 

   折々 メモ書きしたものの中から 、昨日に続き 、今日もまた 、いく

 

  つか 以下に 抜き書き する 。 こうして どこかに書いておけば 、思い

 

  出すよすがとなる :      ( カッコ内は出どころ )  

 

  ・「 Hasta la vista Baby   “ またな 、ベイビー ” 」( 映画「 ターミネー

 

   ター 」における アーノルド・シュワルツェネッガーさんのセリフ  )

 

  ・「 かっこいいと思う物しか周りに置かない 」( 樹々希林さん )

 

  ・「 きょう 、ママンが死んだ 」( カミユ 異邦人 )

 

  ・「 中国の諺に『 寧ろ 鶏口となるも 、牛後となるなかれ 』とあります 。

 

   『 史記 』に出てくる言葉です 。 自分の力に合わないところへ行って

 

   対応できないで埋もれてしまうよりは 、自分に合ったグループでリー

 

   ダーになれという意味ですが 、私は 、本来は逆だと思います 。

 

    国語の試験でこう書くと間違いになってしまいますが 、『 寧ろ牛後と

 

   なるも 、鶏口となるなかれ 』が大事です 。

 

    自分より上の人たちの中に身を投じて 、そこから這い上がり上の方

 

   へ行くということがどうしても必要だと思います 。お山の大将では

 

   自分に発展が無い 。 自分より優れた人間はたくさんおり 、そういう

 

   人たちを見つけたらくらいついて行く 、その人の考え方やノウハウ

 

   を全部盗む 。盗むことは少しも恥ではありません 。メンターという

 

   言葉もあります 。そういう人たちに食らいつき 、 実力で凌駕するよ

 

   うに 、課題を難しい所に設定し 、自分のハードルを高くする 。自分

 

   が手を伸ばしても届かない 、ちょっと先に目標を設定する 。 」

 

    ( 岡本 行夫 著 「 日本にとって最大の危機とは?」  ( 文春e-book ) )

 

  ・「 若すぎるとよい判断ができない 。年を取り過ぎても同様だ 。

 

   考えが足りなくても 、考えが過ぎても 、頑固になり 、固執する 。 」

 

    ( 久坂部羊 著「 人はどう死ぬのか 」 ( 講談社現代新書 )  所収  )

 

  ・「 男は過去の自分に用がある 。女は未来の自分に忙しい 。 」

 

   「 本当の さよなら の時 、人は さよなら とは言わない 。 」

 

    ( 出どころ 書き忘れた )

 

  ・「 we need the assurance that life is worth living , despite the difficulties 

    that surround us . 」

 

   「 If you live each day as if it was your last , someday you’ll most certainly

    be right . 」

 

    ( 出どころ 書き忘れた )

 

 

    

 

 

  物を置いた場所を忘れて探し回ることがよくある 。

  アルツハイマー型認知症の初期症状か 、それとも単なる海馬の衰えだろうか 。

  年取ると 、近時記憶がやたら飛ぶのだ 。家の中 、隣の部屋に来て 、何しに

 

 その部屋に来たのか忘れるとか 。

 

  昔のことは 、手掛かりさえあれば 、結構引き出せるのに 。

  後期高齢者になるずっと前から 、覚えておこうと思うこと 、気になること 、

 気に入ったこと 、気に入った言い回し 、買い物リスト 、読んだ本の中の気

 に入った一節 、気に入った楽曲の歌詞 など 、何でもメモ書きするようにし

 てきた 。

  メモ書きしたものの例を いくつか あげると :     ( カッコ内は出どころ )

 ・「 頑張ると疲れる。疲れると続かない 。 」( タモリさん )

 ・「 靴下でも シャツでも 最後は掃除道具として 、最後まで使い切る 。

  人間も 、十分生きて自分を使い切ったと思えることが 、人間冥利に尽きる

  ということだと思う 。自分の最後だけは 、きちんと シンプルに 始末する

  ことが最終目標  。 」( 樹々希林さん )

 

 ・「 私たちは 、目の前に何か目隠しを置いて 、断崖が見えないようにしてから 、

 

  平気でそこに駆け込んでいく 」( パスカルさん )

 

 ・「 百人のうち二人には 、結婚は素晴らしいものだろう 」 

 

  ( 『 ロング・グッ ドバイ 』レイモンド チャンドラー . 

 

   フィリップ・マーロウの教える生き方 ( ハヤカワ・ミステリ文庫 )  )

 ・「 神奈川県は 、よその都道府県の人が思っている以上にバラエティに富んで

  て 、港町のヨコハマから山奥のど田舎まである 。 そして 、そのほとん

  どがど田舎だ 。」( どこで読んだのか書き忘れた )

 ・「 梅は匂ひよ 桜は花よ 人は ・・・ 」( これまた書き忘れた )      

 ・「 be one lap behind 」( 「周回遅れ」の意味の英語表現だと思うけれど

   なんでメモしたのか忘れた )

 

  ・「 唐突ながら  、在日米軍基地 の 面積  。

 

    断トツ1位 の 沖縄県  ( 186,092 千㎡ ) には 遠く 及ばないけど  、青

 

   森県  ( 23,743 千㎡ ) に次いで 、神奈川県 は 全国第3位  ( 14,744 千㎡ )  。

 

   千㎡ では わかりにくいけど 、ざっと 4キロ 四方 の 土地  。 」( なんで

 

   メモしたのか忘れた )

 ・「 『 ビスケットの缶に いろんなビスケットがつまってて 、好きなのと 
 
   あまり好きじゃ ないのが あるでしょ ? それで先に好きなの どんどん

   食べちゃうと 、あと あまり 好きじゃないのばっかり残るわよね 。 私 、

   辛いことがあると いつも そう思うのよ 。 今 これをやっとくと あとに

   なって楽になるって 。 人生は ビスケットの缶 なんだって 』 」

   ( 村上春樹さんの「 ノルウェイの森 」で読んだとは分かるんだけど なんで

    メモしたのか忘れた 。この文章を読んだとき 、昔食べた 泉屋さん の缶

 

    入りクッキーを思い出したのだけは憶えている 。 )             

  以 上  。

 

 

 

 

  久々の投稿にふさわしいテーマであるかどうかは措(お)くとして 、

 今日の「お気に入り」は 、大正時代に流行したという俗謡「東京節」 。

  昭和の時代 、戦前 、戦後を通じて多くの歌手 、芸能人がカバーして

 いる楽曲である 。

  

  「東京節」のメロディー 、 原曲は 、アメリカの ヘンリー・クレイ・

 ワーク ( Henry Clay Work , 1832 - 1884 ) が作った 「 ジョージア行進曲

  ( Marching Through Georgia ) 」だそうである 。

   アメリカのヘンリー・クレイ・ワークさんと言われましても であるが 、

 「 大きな古時計 ( Grandfather's Clock ) 」を作詞・作曲した 、十九世紀

 アメリカの音楽家で 、スティーブン・フォスターと並び称される有名人

 と聞けば 、満更知らないでもないご仁のような気がしてくる 。

  「 ジョージア行進曲 」は、南北戦争  ( 1861 ~ 1865 年 ) 当時の北軍の

 軍歌だそうで 、現在でも吹奏楽の人気ナンバーであり 、耳にする機会

 も多い 。

 

   ブラスバンドが演奏する「 ジョージア行進曲 」のメロディーを耳にす

 ると 、戦後生まれの筆者の脳裏に決まってよみがえり 、出だしのメロ

 ディーに合わせ 、思わず口遊(くちずさ)む日本語の歌詞がいくつかある 。

 

  その一つが 、

  「 イングランド  キャピタル   ロンドン  の  フェイマス   リッチマン が

    ロータリー   で  ♪♪ 」

 

  もう一つが 、

  「 ラメチャンタラギッチョンチョンデパイノパイノパイ ♪♪ 」

    

  二つとも 、戦後生まれの筆者が 、昭和二十年代の終わりか三十年代の初め

 頃に 、周りにいる大人が 、歌うか 口遊むのを聞いて憶えたのだと思う 。

   二つ目が 、「 東京節 」1~3番 のさわりのフレーズ であることは 、明

 らかなのだが 、一つ目の「 イングランド  キャピタル  ロンドンの ・・・ 」

 の正体がよくわからない 。大正から昭和にかけての時代に浅草オペラだか

 オペレッタで歌われた「 東京節 」の替え歌の歌詞かも知れないが 、ネッ

 ト検索にも引っかからない 、由来のよくわからないフレーズである 。

  試しに 、このフレーズをひもとくと 、「 イングランド( England 、イギリ

 ス ) 、キャピタル( capital 、首都  ) 、ロンドン( London  )の 、フェ

 イマス( famous 、有名な ) 、リッチマン( rich man 、お金持ち )が 、 

 ロータリー( rotary , Rotary 、複数の道路が交差する所の 、交通整理のた

 めの円形地帯のことか、それとも ロータリークラブの略か )で 」となるの

 だが・・・ 。

 

  因みに 、榎本健一(エノケン)さん 歌う「 東京節 」の歌詞は 、以下のよう 。

  大正時代の東京の名所や建物 、流行などを「 ジョージア行進曲  」のメロ

 ディーに 無理やり 押し込んだ観もある コミックソング( 俗謡 )である 。

  韻は踏んでないし 、耳で聴くだけで 、文字の読めない子供には覚えられ

 ない歌詞である  。さわりの 、調子のいい「 ラメチャンタラギッチョン

 チョンデ  パイノパイノパイ  パリコトパナナデ  フライフライフライ  」

 は子供でも覚えられる 。

 

 「 東京の中枢は 丸の内

  日比谷公園 両議院

  いきな構えの帝劇に

  いかめし館は 警視庁

  諸官省ズラリ 馬場先門

  海上ビルディング* 東京駅        * 旧 東京海上火災保険㈱の本社ビル

  ポッポと出る汽車 どこへ行く

  ラメチャンタラギッチョンチョンデ

  パイノパイノパイ

  パリコト パナナ*デ フライフライフライ

 

  東京で繁華な 浅草は

  雷門 仲見世 浅草寺

  鳩ポッポ豆うる お婆さん

  活動 十二階* 花屋敷         * 十二階 = 浅草の凌雲閣(りょううんかく)

  すし おこし 牛 天ぷら

  なんだとこん畜生で お巡りさん

  スリに乞食に カッパライ

  ラメチャンタラギッチョンチョンデ

  パイノパイノパイ

  パリコト パナナ*デ フライフライフライ

 

  東京はよいとこ 面白や

  豆腐 みそ豆 納豆 桶屋

  羅宇屋 飴屋に 甘酒屋

  七色とんがらし 塩辛屋

  クズ―イクズ―イ 下駄の歯入れ

  あんま 鍋焼 チャン*しゅうまい

  唄の読売や どうじゃいな

  ラメチャンタラギッチョンチョンデ

  パイノパイノパイ

  パリコト パナナ*デ フライフライフライ 」 

 

 * 令和の時代にあっては、不適切な表現と解される可能性のある

  用語が 、歌詞の中にいくつかある 。大正 、昭和と 、百年の長

  きに亘って人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ) してきた コミック

  ソング  ( 俗謡 ) でもあり 、あったことをなかったことにはでき

  ないので 、そのまま表記する 。

 

 

 

  

 

 

 

映画館に出掛けなくなって、二十年近くになる。

二、三時間ばかりの日中の時間をなかなか捻り出せないで

いるからである。

無論、一日まるまる休める日を、週に一日とれない筈もな

く、たまの休日に映画館に行くことは、出来るはずなのに、

行かないだけのことなのだ。

☆

皆々、生き続けなければいけない、 稼ぎ続けなければいけ

ない、創り、作り、造り続けていかなければならない、と

いう強迫観念のようなものに突き動かされて、なかには、

「生涯現役」を掲げて生き続けている人もいる。

どこかで、そっと、そんな肩の荷をおろす時間があっても

いいのにね。

☆

新作映画がひっきりなしに出てくるそんな世の中だから、

評判作だけ拾っていけば、公開後一年も経てば、大抵の観

るべき映画作品は周回遅れでならいつでも鑑賞することが

出来る。

タブレット端末でもパソコンの画面でも、もう少し大きい

 TV スクリーン ででも。

一年も経てば、制作者独りよがりの駄作は淘汰されお蔵入

りですもんね。

☆

久しぶりのブログ作文、今日の「お気に入り」は、Am*

z*n Pr*me Vid*o で見始めた 英国発の TV ドラマ シリー

ズ「スティール」 。

スティールと言っても、鉄の steel ではなく、野球のダブ

ルスティールの方の steal  である。野球のお話でもない。

シリーズものなんで、先が長くて楽しみだ。

期待を裏切らないスピーディーな展開を見せてくれると

いいのだけれど。

☆

邦画だけとっても、次から次へと評判作が目白押し。

ブログ作文を休んでいたこの半年だけとっても、観るべき

作品はいくつもあり、映画を観るのは後回しにして、下敷

きになった原作本から読むことにした。

この半年そっちの方が面白く、寸暇を惜しんで電子書籍を

読んでいる(今日この頃でございます)。

番外編、スピンオフ、サイドストーリーまで含めれば、色

んな作品が生まれそう。

映画鑑賞と読書の両面で作品を二度三度楽しめます(よ) 。

 

 

  今日の「 お気に入り 」は 、村上春樹/安西水丸 著

 「 日出る国の工場 」(新潮文庫)の中の「 経済動物た

 ちの午後 小岩井農場  」というタイトルの付いた小

 文を読んで得たミニ知識 。

  この本は 、日本に存在する数々のユニークな産業分

 野の企業を対象とした 「工場見学記 」で 、中には 、

 「 工場としての結婚式場 松戸・玉姫殿 」なんての

 もあるんだけど 、こと この「 小岩井農場 」につい

 ては 、見学・取材を許した会社側を納得させ 、よろ

 こばせる結果にはならなかったような気がする見学

 記になっている 。

  おもしろうてやがて悲しき鵜舟(うぶね)哉 ― 芭蕉

  (⌒∇⌒)

  引用はじめ 。

  「 【小岩井農場の成りたち】
    小岩井農場は明治二十四年(一八九一)に 、
   当時の日本鉄道会社副社長・小野義真 、三菱
   の当主・岩崎弥之助 、鉄道局長・井上勝の三
   人によって設立された 。だから三人の名前か
   ら一字ずつとって小岩井農場と命名されたわ
   けである 。べつに井小岩農場でも 、岩小井
   農場でもでもよかったのだろうけれど 、どう
   して小岩井になったのかは僕にもわからない 。
   年の順かもしれないし 、ただ単に語呂(ごろ)
   が良かったのかもしれない 。 」

   引用おわり 。

   (⌒∇⌒);

   ( ついでながらの

    筆者註:「 語呂(ごろ)の意味と語源:
        意味:
         言葉や文章を口にした時の調子、響き、
         リズムのこと。
        語源:
         元々は雅楽の旋法『 律呂(りつりょ)』
         または『 呂律(りょりつ、ろれつ)』に
         由来します。
        転じて:
         言葉の調子や響きを指すようになり 、さ
         らに 、ある言葉を別の言葉に置き換えて 、
         覚えやすくしたり 、面白くしたりする
         『 語呂合わせ 』という言葉遊びも生まれ
         ました 。
  」

         以上 、生成AIが教えてくれた情報 。

         以下は 、原作の中の一節 。昨今の「 米騒動 」

        にも通じる作家の慨嘆 。

        「  ・・・ 日本の農業政策というのは伝統的に弱者切
         り捨てによって局面を進展させていく傾向がある 。
         国の政策があっち行ったりこっち行ったりしている
         から 、そのフラフラについていけない弱小農家がお
         っこちていくわけである 。そしてその弱者のおっこ
         ちによって結果的に農業の合理化が推進される 。

          小岩井農牧の場合には酪農部が赤字でも 、最終的
         には鶏や山林や観光といった他のセクションの収入
         をあわせて欠損を埋めることが可能なわけだが 、五
         〇頭 、六〇頭といった 、もっと小さな規模の酪農
         場では事態はずっと深刻だろう 。 」 
 ) 

 


 

 

 

  井上靖さんの長編小説「 孔子 」を漸く読了 。

  孔子 、論語  、その他 、永年もやもやしてい

 た事柄について 、自分なりに得心のいく答え

 が得られたのは 、大収穫 。

  備忘のため 、頭に残った孔子の詞を 、井上靖

 さんの筆力をお借りして 、以下に書き写す 。

  引用はじめ 。

  「   ――  ” 仁 ” という字は 、人偏(にんべん)に
  ” ニ ”を配している 。親子であれ 、主従で
  あれ 、旅であった未知の間柄(あいだがら)で
  あれ 、兎(と)に角(かく) 、人間が二人 、顔
  を合せさえすれば 、その二人の間には 、二人
  がお互いに守らねばならぬ規約とでもいったも
  のが生れてくる 。それが ” 仁 ” というもの 、
  他の言葉で言うと ” 思いやり ”  、相手の立場
  に立って 、ものを考えてやるということ 。
   子はもう一つ 、 ” 信 ” という字についても 、
  お話をなさいました 。
   ―― 人間は嘘(うそ)を言ってはいけない 。
  口から出すことは 、なべて本当のこと 、真
  実でなければならぬ 。これはこの現世で生き
  てゆく上での 、人間同士の約束 、暗々裡(り)
  の契約である 。人間がお互いに相手の言うこ
  とを信ずることができて 、初めて社会の秩序
  というものは保たれてゆくのである 。
   ―― このように 、人間が口から出す言葉と
  いうものは 、 ” 信ずるもの ” であり 、” 信
  じられるもの ” でなければならない 。それ故
  (ゆえ)に ” 人 ” という字と 、 ” 言 ” という
  字が組み合せられて 、 ” 信 ” という字はでき
  ているのである 。 」

  「 子貢問うて曰(いわ)く 、一言にして以(もつ)て
  終身 、これを行うべきものありや 。子曰く 、
  それ恕(じょ)か 。己の欲せざる所を人に施すこ
  と勿(な)かれ 。
   ―― 子貢がお訊ねした 。ほんの一言で 、生涯 、
  これを行う価値のあるものがありましょうか 。
  子がお答えになった 。それは ”恕 ” 、 ―― 
  他人(ひと)の身になってやることだろうかね 。
  自分の欲しないことを 、他人にやらせてはいけ
  ないということである 。 」

  「 ―― 子曰く 、仁遠からんや 、我れ 仁を欲すれ
  ば 、斯(ここ)に 仁至る 。
   これも子のお詞で 、 ” 仁 ” は遠いところにある
  理想ではない 。自分が ” 仁 ” を行なおうと思え
  ば 、 ” 仁  ” はすぐそこにある 。すぐそこ 、近い
  ところにある 。
   こういう意味であろうかと思います 。この子のお
  詞などは 、頭に入った時から 、今日まで 、いつ
  も落ち着いた坐り方で 、頭のどこかに坐っており
  ます 。私は時に 、この子のお詞を口に出して唱え
  ます 。心衰えた日は 、そうすることに依(よ)っ
  て 、弱い自分を励ますことができます 。確かに
  村人に対しても 、旅人に対しても 、自分が優し
  い気持を持ち 、彼らの立場に立って考えてやろう
  と思えば 、いつでも 、それはできます 。
   確かに ” 仁 ” は 、いつでも 、自分の手の届く
  ところにあります 。 ” 仁遠からんや ” でありま
  す 。この子のお詞も 、いつ 、誰から教わったの
  か 、全く記憶しておりません 。が 、それはそれ
  として 、いかにも子のお詞らしい 、ぴいんと張っ
  たものが 、短いお詞を 、鋭く貫いているかと思い
  ます 。
   ―― 仁遠からんや 、我れ 仁を欲すれば 、斯(こ
  こ)に 仁至る 。
   子以外に 、こうした烈しく 、美しいお詞を 、口
  から出せる人はないであろうと思います 。 」

  「 ―― 子曰く 、人にして仁ならずんば 、礼を如何
  (いかん)せん 。人にして仁ならずんば 、楽(がく)
  を如何せん 。
   これも 、 ” 子曰く ” があろうと 、あるまいと 、
  紛れもない子のお詞であろうかと思います 。
   ―― 人間 、 ” 仁 ” の心を持たないとあっては 、
  ” 礼 ” など学んでも 、どうなるものでもない 。
  無駄(むだ)なことである 。 ” 楽 ” の場合も 、同
  じこと 。 ” 仁 ” の心なしに 、 ” 楽 ” など 学んで
  も 、意味をなさない 。なんの足しにもならない 。
   こういう意味であろうかと思います 。気品もあり 、
  格調も高く 、しかも凛々と 、烈しく鳴っているも
  のがあります 。子のお詞でない筈はありません 。 」

  「 ・・・ 子がお説きになる ” 仁 ” なるものには 、
  大きな ” 仁 ” と 、小さな ” 仁 ” と 、二つの
  ” 仁 ” があったのではないかと思われます 。
   その二つの  ” 仁 ” の区別は 、私などにはよく判
  りませんが 、子は相手によって 、そのいずれかの
   ” 仁 ” をお選びになり 、その説き方を変えておら
  れたのではないか 、そういう気が致します 。
   私などのように 、与えられた一生を 、社会の表面
  に立つことなく 、その片隅(かたすみ)で 、ひそや
  かに生きて行く人間には 、子は ” 仁は思いやり ” 、
  相手の立場に立って 、ものを考えてやることである
  と 、そのようにお説きになっておられます 。
   私たち 、名もなき庶民の一生の過し方としては 、
  子が仰言(おっしゃ)るように 、お互いに思いやりを
  持って 、相手のことを考えながら生きることが 、
  最高の生き方であるに違いありません 。お互いに 、
  そうして生きることに依って 、一生貧しく 、さして
  派手な 、ぱっとしたこともないでしょうが 、併し 、
  この乱世に於ても 、まあ 、この世に生れてきてよか
  った! そんな思いを持つことができるのではないか
  と思います 。
   こうした私たちとは異って 、世を 、時代を動かす
  ことのできる立場にある人たちに対しては 、子は同
  じ ” 仁 ” にしても 、世の平和を支え得る 、大きい
  力と 、大きい影響力を持つものとして 、全く異った
  解釈と 、説き方をなさっておられたのではないかと
  思います 。 」

  「 ―― 子曰く 、志士 、仁人は 、生を求めて 、以
  て仁を害することなし 。身を殺して 、以て仁を成
  すこと有り 。
   こういう子のお詞を聞いたことがあります 。子の
  墓側に於ての心喪三年の一時期 、子貢の館に於て 、
  紛れもない 、このお詞について 、論議を交す何夜
  かがあり 、それを傍聴したことを記憶しておりま
  す 。
   当時 、私は子がお亡(な)くなりになった悲しみに
  包まれていて 、子が遺(のこ)されたお詞の整理など
  ということとは無縁に生きておりましたが 、どうい
  うものか 、この子のお詞なるものだけは 、頭のどこ
  かに入り 、そのまま遺っていて 、この数年来 、時
  折 、思い出されて参ります 。
   苟(いや)しくも志士(仁を志す人)、仁人(仁を己
  が生活信条にしている人)と言われるような人たち
  は 、命惜しさに 、 ” 仁 ” を犠牲にするようなこと
  はない 。それどころか 、 ” 仁 ” を完成させるため
  には 、死さえ厭(いと)いはしない 。必要とあらば 、
  いつでも生命を棄てるだろう 。
   こういう意味であろうと思います 。私などの 、相
  手の立場に立って 、ものを考えてやる  ” 思いやりの
  仁 ” とは 、大きく異っており 、そのために生きる
  とか 、死ぬとか 、生 、死の問題までが絡(から)ま
  って来ております 。
   こうなると 、もう 、私の考えているような  ” 仁 ”
  とは 、 ” 仁 ” なるもの本体が 、大きく異ってきて
  おります 。志士 、仁人と謂われる人たちは 、生き
  んがために 、仁の道を犠牲に供するようなこともな
  いし 、それどころか 、仁を行なうために必要とあ
  れば 、かりそめにも 、死を厭うようなことはない 。
  ―― たいへん 、ものものしく 、厳しい  ” 仁 ” で
  あって 、私などの想像できる世界ではなくなってお
  ります 。
   おそらく ” 仁 ” という同じ言葉で言い現わされて
  いるものではありましょうが 、それが内側に包み込
  んでいる世界は 、大きく異ったものになっているの
  であろうかと思われます 。
   一つは 、われわれ庶民 、それぞれが 、お互いに
  救(たす)け合って生きて行く 、その生き方を説いた
  ものであり 、もう一つは 、この戦乱の時代を平和
  なものにし 、この時代を生きるたくさんの人々を 、
  その不幸から救うべく 、その原動力となる ” 仁 ”
  の力を 、時代を動かすことのできる立場にある人た
  ちに説いたものであろうかと思います 。時代を動か
  す立場にあると言っても 、上は為政者から 、下は
  小さい村の官吏に到るまで 、いろいろな階層に分れ
  ておりますが 、子はそうした人たちには 、それぞ
  れに応じて 、なべて ” 大きい仁 ” を説いておられ
  たかと思います 。
   併し 、世の中を支える ” 大きい仁 ” であれ 、相
  手の立場に立って 、ものを考えてやる 、私たちの
  小さな思いやりの ” 仁 ” であれ 、その核心になっ
  ているものは 、おそらく同じ人間への愛というか 、
  人間として誰もが持っていなければならぬ ” まごこ
  ろ ” というか 、そういうものであろうかと思われ
  ます 。
   そういう意味では 、子はいつでも 、すべての人間
  が生きて行く上に 、人間として持つべき ” まごこ
  ろ ”  、――  ” 仁 ” を説いておられたということ
  になりましょう 。 」

  「  ―― ” 樊遅(はんち) 知を問う 。子曰(いわ)く 、
  民の義を務め 、鬼神は敬して之(こ)れを遠ざく 。
  知と謂うべし 。仁を問う 。曰く 、仁者は難き
  を先きにして獲(う)るを後にす 。仁と謂うべ
  し
 。 ”
   ―― 樊遅が 、知者といわれる人は 、民を治め
  るのに 、どういう方法を採るだろうと訊(き)い
  た 。それに答えて 、子は仰言(おっしゃ)った 。
  人民が正義とするところを尊重し 、鬼神とか 、
  なべて信仰問題は 、敬して 、遠ざける 。深入
  りしない 。これが知者の天下を治める態度であ
  る 。次に仁者の場合は 、どうか 、と樊遅が訊
  くと 、子は仰言った 。仁者は最も困難な問題
  に 、真先きに取り組んで行くが 、それに対す
  る報酬というか 、そこから生れる利益というも
  のは考えない 。 」

 

  「 ” 樊遅(はんち) 仁を問う 。子曰く 、人を愛
   す 。知を問う 。子曰く 、人を知る 。 ”  」
 

  「 ―― ” 樊遅(はんち)  仁を問う 。子曰く 、居
  処は恭に 、事を執りて敬に 、人に与(まじ)わ
  りて忠にせよ 。夷狄(いてき)の之(ゆ)くと雖(い
  え)ども 、棄つべからず 。”
   ――  樊遅は仁を訊いた 。子は仰言った 。家に
  居る時には行儀をよくし 、仕事に対しては慎重 、
  人との交際はまごころで 。こうしたことは夷狄
  の国に行っても棄ててはいけない 。 」
 

  「 子曰く 、知者は水を楽しみ 、仁者は山を楽し 
  む 。知者は動き 、仁者は静かなり 。知者は楽
  しみ 、仁者は壽(いのち)ながし 。 」

  「 ――  " 民の義を務め 、鬼神は敬して之(こ)れ
  を遠ざく 。知と謂(い)うべし 。"
   これは古い門弟の樊遅(はんち)が 、 ” 知の政
  治 ” を問うたのに対しの 、子のお答えであり
  ます 。 ―― 民が正しいとするところを尊重し 、
  鬼神相手の信仰問題は敬意を表するも 、まあ 、
  慎重を期して 、深入りしない方がいい 。これ
  が ” 知の政治  ” というものである 。 」

  「 未(いま)だ人に事(つか)うること能(あた)わず 、
  焉(いずく)んぞよく鬼(き)に事(つか)えん 。
   これは子路(しろ)が 鬼神( 死者の霊 ) に仕える 、
  その仕え方を問うたのに対しての 、子のお返事
  であります 。
   ―― 未だに生きている人間にも仕え得ないの
  に 、どうして死者の霊に仕えることができよう 。 」

  「 ―― ” 未だ生を知らず 。焉(いずく)んぞ死を
  知らん 。 ”
   これは前の問答に続いて 、子路が重ねて 、死
  とはいかなるものであるか 、と訊いたのに対す
  る 、子のお答えであります 。 ―― まだ生の
  何たるかも判(わか)らないのに 、どうして死が
  判ろう 。 」

  引用おわり 。