風化する一宮大空襲
第二次世界大戦(太平洋戦争)で、一宮市が大空襲を受けたのは、73年前の昭和20年(1945)7月である。1回目が7月12日深夜から13日未明、2回目が7月28日深夜から29日未明のことであった。
1回目は今伊勢町を中心に一宮市北部、2回目は市街地のほとんどがB29の大編隊による焼夷弾爆撃で一面焼土と化し、壊滅的な被害を被った。
直接に空襲を体験した一宮市民も少なくなり、高齢化して風化してしまったのか、第1回の戦災について一宮市広報やマスコミのニュースもない。今夜は2回目の空襲があった日である。このような悲惨な事が起きないようにするための啓蒙活動が必要である。
「一宮市警紹介」(1951・一宮市警察署発行・自治体警察)冊子の中に、2回の罹災状況
高橋一さん(一宮市議会議員)のブログ「尾張風の会一翔会のブログ・絆」によれば、戦災遺族会主催の一宮市空襲犠牲者追悼式が、きょう午前10時から大乗公園(一宮市桜3)にある慰霊碑前で開催されるとのことであったが、台風12号の予報から開催がどうなったことであろう。(朝に少し雨があったが、その後は回復し、陽も射す天気になっている。
写真 真清田神社焼失と東方面復興の住宅(1945年頃)
空襲犠牲者慰霊碑
一宮市の戦没者追悼式が行われるが、なぜか10月である。
現在は青空も見えるが、今夜は73年前のB29大爆撃とは異なり、台風12号が南東から襲ってくる予報である。大きな被害にならないように願うものである。
午後1時25分 東の空