40年前の農耕風景3 | 岳紫のブログ

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40年前の農耕風景3

脱穀

「はさ」で乾燥させた稲を下し、足踏脱穀機でワラとモミを分離する作業である。





 千秋町地内 S52年(1977)ごろ



くね田

 尾張地方でも一番遅い11月に稲刈りを終えた田の一部では、水が無く少し硬くなった田で裏作(二毛作)の為、くね田作りが初められていた。

くね田つくりは、長い筋引き鎌で田に切り筋を入れ、備中を使って丁寧に積み上げて、見事な「くね田」が出来上っていた。経験のない人には出来ない職人芸でないかと思う。当時丸井惣一さん(北方町宝江)のくね田つくりをすごいと思った。

 出来あがった「くね田」には、裏作としてエンドウ、ジャガイモ、麦などが栽培された。4月にジャガイモの苗を植えられたくね田では、6月末には収穫された。麦は11月にモミ撒きをしてから半年以上の生育が必要である。



くね田 S54-1-15












くね田 中屋敷北 S49-1-31



二毛作 北方町地内 S52-6-5