夢は大きい方がいい。

 

 宇和島攻めの翌日、伊予の名城を攻めながら帰国の途につきます。

 

いつか、こういうところに陣を張ってみたい

 

振り返ればそこに完全復元された木造天守

 

 鎌倉時代末期に作られた中世の城郭を、多くの大名の手によって近世化された大洲城。かつてそびえた天守は明治時代に一度失われましたが、平成16年に往時の姿の通り、木造で復元されました。
 現代の大洲の象徴である大洲城は、同じく歴史を積み重ねてきた大洲の町並みとともに、未来へと紡がれていきます(大洲城HPより)。

 

 多くの大名とはあの「藤堂高虎」公も含みます。もう南予=「藤堂高虎」と言っていいでしょう。

 

 復元天守(ふくげんてんしゅ)とは、かつて天守があった場所に、外観だけでなく内部も同じ形で再建した城です。外観や内部の詳細が分かる古写真や天守が造られたときや修理記録から、再建する城の図面を作成して復元します。
 復元天守は大きく分けて2つあり、築城当時と同じ材料や工法を使って、外観だけでなく内部の構造も再現した天守を「木造復元天守」と呼びます。

 国内で木造復元天守は「白石城(しろいしじょう:宮城県白石市)」、「白河小峰城(しらかわこみねじょう:福島県白河市)」、「新発田城(しばたじょう:新潟県新発田市)」、「掛川城(かけがわじょう:静岡県掛川市)」、「大洲城(おおずじょう:愛媛県大洲市)」の5城しかありません。

 これに対し、外見のみ忠実でありながら、鉄筋コンクリートなど新しい材料・工法で再建した天守を「外観復元天守」と呼びます。外観復元天守としては、「名古屋城(なごやじょう:愛知県名古屋市中区)」や「岡山城(おかやまじょう:岡山県岡山市北区)」、「熊本城(くまもとじょう:熊本県熊本市中央区)」などが該当。なお、かつての天守を復元するには、江戸時代に造られていたときと同じ工法で造らなければなりません。また、伝統工法を伝える職人は減り、必要な人数を揃えるのが難しくなっています(「刀剣ワールドHPより」)。

 

 またここ大洲城(大洲市)、八幡浜港やJR下灘駅(超有名な駅)は映画「すずめの戸締り」の聖地にもなっています(某はまだ見ていなかったため知りませんでした)。

 

実はいったことがある八幡浜港、2017年8月なので映画と同じ旧ターミナルになるのかな

 

すずめと草太と同じように大分へ向かいました

 

 そして、宿泊できるお城の一つです。

 一日城主に某はなる!!!

 

前置きが長くなっちゃった

 

「玉櫓」跡

 

大洲城のビュースポットの一つ、映画ではこの鉄橋の向こうから

 

これの姿が映し出されていました

 

参考

 

 

本題に入ります

 

お城では珍しい吹き抜け構造になっています

 

めっちゃ息子に狙われています

 

そのうち「種子島」を買い与えなければ

 

虎口を抜け、城下へ

 

肱川沿いに建つ「苧綿櫓」

 

「大洲城」を望みつつ「肱川」沿いに歩くと

 

「大洲城」を攻めたら、合わせて訪ねたい「臥龍山荘」

 

 清流肱川河畔のもっとも優れたこの景勝地に初めて庭園を築いたのは文禄年間、藤堂高虎の重臣、渡辺勘兵衛の時代に遡り、大洲藩第3代藩主加藤泰恒が「蓬莱山が龍の臥す姿に似ている」ことから名付けたものと言われています。

 

似つかわしくない姿

 

「臥龍山荘」奥にある「不老庵」

 

 臥龍淵を眼下に見る崖の上に懸り造りに建てられた数寄屋造りになっています。

 

 「臥龍山荘」周辺は、江戸時代の面影を偲ぶ「おはなはん通り」や昭和初期の町並みが懐かしい「ポコペン横丁」もありますので、合わせてぜひ。

 

 某はそんなノスタルジックに浸る暇なく十五万石の城下町「松山城」を目指します。