『父っちゃんは大変人』/北杜夫 | こだわりのつっこみ

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 「それよりもまず言いたいのは、わしは現在、桜井さんなどと馴々しく呼ばれることを好まんことを諸君に告げたい。いやしくもデンキチ王国の国王だからな。デンキチ国王、王さま、ハイネス、いやユア・マジェスティとでも呼んでくれなくては、わしは返事をしない」
 「それならば王さま、そのデンキチ王国というのは本当にあるのですか」
 「ちゃんと現実に、堂々と存在する」
 「それは、地球上のどこいら辺りにあるのです?まさかあなたの邸宅だけがその国家なのではありますまいね」
 「いや、今のところはわが国はあまり大きくはない。元は日本領土であった瀬戸内海の、かつてはテング島と呼ばれていた島が、デンキチ王国となったのだ」
(p152より)


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さあ、なんとも愉快な小説、父っちゃんは大変人です。
刊行された年はやや古いのですが、それを差し引いてもなかなかアホな作品に仕上がっています。

さて、あらすじです。
妻と息子と暮らす、ラーメン好きな貧乏人の桜井伝吉は、ある日兄の死により莫大な遺産を相続することになります。
その日暮らしの桜井家が、一夜にして日本有数の大金持ちに。

しかし、相続税により、その7割以上を日本国に納めるにあたり(とはいえ、残った金も相当なものなのですが)、突如、デンキチ王国を日本国内につくることにします。

そんな奇人つくった、デンキチ王国の盛衰記です。


では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。







父っちゃんは大変人 (新潮文庫)/北 杜夫
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~2回目 2010.12.15~

さて、あらすじをもう少し細かくネタバレ仕様にして紹介します。

兄の死により、唯一の肉親だった桜井伝吉が遺産を相続し、それまで日々の生活を送るのにも苦労していた桜井家の生活は激動を迎えます。

もちろん、伝吉氏には多くの相続税を納めなければならないということもありましたが、その常人には理解できない思いつきで、どんどん生活を一変させていきます。

例えば、湯水のように金を使って田園調布に豪邸を建設したり、かと思いきやいきなりケチになったり、さらには自ら金を稼ごうとして貧乏時代からの大好物だったインスタントラーメンを開発したり、ホストクラブにホストとして就職したりします。

そして、その思いつきの最たるものが、日本国が出場を辞退したモスクワオリンピックに、選手として出場すること。
そのために、日本とは別の国、デンキチ王国を建国することで出場することを画策します。
日ソ両国の政治家に多額の政治献金を送り込み、何の因果か出場。
もちろん結果はさんさんたるものですが、帰国後は嘲りと賞賛の中、伝吉氏を国王とするデンキチ王国は着々と国家の体を整えていきます。

紙幣を作り、アジアのある地を植民地にするなど、どんどんエスカレートしていく伝吉氏に、最初は静観していた日本国政府も、いよいよ監視の目を強めていきます。
伝吉氏の度重なるこれらの行動に、日本政府は伝吉氏を精神鑑定にかけ、強制的に入院させます。
結果的には精神状態が正常とされた伝吉氏でしたが、日本政府に対する怒りは頂点に達し、突如日本国政府に宣戦布告を行うのです。

ここにおいて、デンキチ王国と日本国政府間の戦争が開始されます。
なんと、知らぬ間にデンキチ王国は植民地で麻薬をつくり、それによる莫大な資金をもとに軍備を調えていたのです。

自衛隊の活躍により、デンキチ王国は陥落。伝吉氏は日本国の裁判にかけられることとなります。
しかし、この戦争において死者は双方一人も出なかったこと、また諸外国が伝吉氏に好意的だったことが伝吉氏に幸いしました。
財産と豪邸を没収する代わりに、無罪の判決が出されます。

最終的には、インスタントラーメンの製造工場のみ所有を許されることで落ち着いた伝吉一家は、過去のような貧乏生活でも、裕福生活でもない、まずまずの生活を送るようになったのでした。


さて、感想です。

冒頭でも言いましたが、アホですニコニコ
国家をつくった理由が、現政権を批判してとか、新たなる理想郷を作ろうというのでもなく、至極簡単に言えば、「思いつき」という点ですべて集約できると思います。

その点で言えば、伝吉氏にとって、オリンピックに出場することと、プロ野球チームの監督になることと、国王になって王国をつくることに、大した差はありません。

そこが、この小説を政治小説とか経済小説にせず、滑稽話に落ち着かせているというところが非常に面白かったです。
逆に変に思想を挟むよりも、リアルな感じもします。

一般的に「国家」と呼ぶには、以下の3つが揃うことが条件となります。
それは、「国民」「領土」「主権」。
このデンキチ王国は、唯一「主権」が伴っていなかった(日本国が許可しなかった)だけで、その「主権」でさえ、諸外国には認められそうになっています。
金の力さえあれば「国民」「領土」が揃うことは、面白いのと同時に、非常に恐い一面があることが分かります。

しかし、プロ野球のくだりがいかんせん長すぎるぐぅぐぅ
野球に興味ない人は、この長い部分で飽きてしまうのではないかと思います。

ただ、総合的にいえば、バカ満載の伝吉氏の思いつきや(特にホストクラブの話)、デンキチ王国VS日本国政府の描写など、皮肉が入りつつ見事に仕上げてしまうところに、楽しさを感じました音譜



総合評価:★★☆
読みやすさ:★★★
キャラ:★★★☆
読み返したい度: