記事を開いてくださり、ありがとうございます。

イライラしながら書いたのですごく読みづらいと思います(気持ちが落ち着き次第、都度変更重ねていく予定です)。


↓目次をつけておいたので、読みたいところだけ読んでください。




◻︎はじめに


ご覧いただきありがとうございます。

まず伝えたいのが、現在は若干のトラウマを抱えつつも、両親と普通に生活できているということです。
つらい体験を共有したくて文章にした、というよりかは誰かに知ってほしかったから文章にした、の方が正しいのかな。

ただ、こういう軽いスタンスでいられるのも私が体験した性暴力が軽度のものだったからだと思います。

世の中にはもっとつらい体験をされた方が多くいらっしゃいますから、これから書く私の体験談はあくまで一例(それも軽度の)として捉えていただければ幸いです。




◻︎私について


高校生の女。文章を書くのが好きです。
noteでも父親について吐露しています。よければぜひ(SNSで自分の性を出すことに抵抗があるので、noteでは性別を男性としています)。

◻︎父親から受けた性被害


⚪︎詳しい時期と状況、内容等


①性器、胸を触られる(小4あたり)

昔から父とは仲が良く、というのも私の性格が父親寄りだったので、よくじゃれあったりする仲でした。


そんな私がいつものように父と戯れあっていた時のことでした。ちょうど布団にくるまっていたんですが、父の手が胸に当たる瞬間が何度もありました。

詳しくは覚えていないですが、たしかその日をはじめに一週間程度、父からの性的な接触が続きました。


初めは胸だけだったのですが、性器も触られるようになりました。

あの一週間の間、父が帰ってくると私は布団にくるまって父との戯れを待っていたのを記憶しています。父親自身もこの行為が許されたものではないと知っていたのか、布団の中でしか私の性器を触りませんでした(小4なんて性的な言葉を知ったばかりで、私にも興味津々なところがあったのです)。タチが悪い。


布団の中で待っていると父がやってきて、まずくすぐりあいが始まります。

しばらくすると、父がズボンのゴムのところをちょんちょんと触って中に手を入れたそうにします。私は抵抗なくズボンの中に手を招き入れていました。

下着の上から触るのが終わったら、次は下着の中にも入りたそうにしてきます。私はこれも抵抗なく招き入れていました。


父の帰宅後、夕飯の支度ができるまで、私たちはこのような「戯れ」を続けていました。母からの問いにも、父は私の性器を弄りながら答えていました。息が荒かったのを記憶しています。


そういえば、朝寝坊した時も、父親が起こしにきていました。私の胸を触って起こしていた気がします。




以上の経験が一週間全てに共通するものです。以下に書く経験談は、父からの性的接触が終わる前夜〜終わる日のものです。




その日の夜、夕飯の後も同じように戯れていたら、いつのまにか就寝時間になっていました。

父は暗くなった寝室で、自身の布団に私を招き入れました。そしていつものように、いや、いつもより乱暴に性器を触られました。

あのときの父親の息の荒さや男性器の生々しい硬さは今でも覚えています。


数分経ち、「ここで一緒に寝る?」と言われましたが、私は急いで布団から逃げました。快感を感じてしまいそうになったのと、このままではまずい、性行為に及ばれると思ったからです。


私は自分の布団にくるまり、お気に入りの人形を抱いて、父は私の性器を触った指をどうしたんだろうとかそういうことを考えていました。これ関しては今思い返してみてもおぞましいです。どうせ父のことですから、舐めるか何かしたのでしょうね。気持ちが悪い。



その翌朝、いつもみたいに父が起こしにきました。また胸を触られるのかな、と思っていたら、父がふと言いました。


「〇〇ちゃん、お父さんに胸触られたいの?」。


は。そんなわけないじゃないですか。父には加害者意識がないんです。あくまで私が触ってほしかったのだと思っている。

父はこの日、やっと踏みとどまった気持ちになっていたのかもしれないけど、こっち(被害者)からしたら全然手遅れです。父親に胸と性器を触られ尽くした後だったのですから。私はすぐに首を横に振りました。


あそこで頷いていたらどうなってしまっていたんだろうと、今でもよく思い返します。


ちなみに母はこの一連の件を知りません(家族が壊れてしまうのを恐れて 、話せませんでした)。


②風呂場の盗撮(中2)


私はもとから風呂が嫌いでした。家族に風呂を譲ってもらっては入らない、みたいなことを何度もやらかしていたので、家族からは「入らないなら私たちに譲れ」と散々言われていました。

その日はこれまでの反省をいかし、父親に風呂を譲りました。父親には「その言葉を待ってた」と言われましたが、特に深くは考えていませんでした。

父が風呂から上がり、しばらくして私も風呂に入りました。
その時、入浴剤などがたくさん置いてある、窓のくぼんだスペース(30×30×30くらいのヌックをイメージしてください)に違和感を感じました。
目を凝らして見てみると、入浴剤や洗剤の間から、カメラがこちらを向いていました。父のスマホでした。

手に取ってみると録画モードになっていたので、急いで止めました。撮られた動画を確認してみると、「父がカメラをその位置に置く→入浴→出る→私が入浴」という一連の流れが記録されていました。もし父がこれを使ったら、と思い、震える手ですぐに動画を削除しました。

風呂を出て、急いで母のところに行きました。震える声で「あの、これ」と言いました。よほど顔が青かったのでしょう、すぐに母は意味を理解して父を呼びつけました。その日、その後の記憶はないです。


2日後、両親にその件について話されました。以下がその内容です。

①申し訳なかった。
②娘であるお前をそういう(性的な)目で見ていたわけではないから、その点については安心してほしい。
③動機は、夏場なのにお前が脇毛を剃っていないんじゃないかと思ったこと。男だから娘には聞きづらいし、かといって母に聞くのも、と思った。
④娘の脇毛が気になったタイミングで、掲示板の盗撮に関する書き込みを見つけた。ものの間にカメラを隠すといいと書いてあり、実行してしまった。
⑤お前がカメラに気がついてくれてよかった。

うわ、今書いてて吐き気がしてきました。
当時は頭が真っ白で何も言い返せなかったので、今こそと思い、思うがままに反論を書いてみました。↓

②→小4の頃娘の体を触って勃起した身が何を言っているのでしょう。母の前だから取り繕っていただけにしか思えません。
③→まず娘の脇毛を気にしているのが気持ち悪い。そんぐらい自分で管理できる。娘をなんだと思っている?
④→同情もできない動機。娘がどんな気持ちになるか想像もせず、自分本位に行動して……。今思い出しても本当に腹が立ちます。
⑤→40代前半のおっさんが何を言っている。その歳になって自制もできないのか?「おっさんには人権がない」とよくほざいている父だが、この件のことはもう忘れたのだろうか。お前のせいだ。

この話し合い(?)の時、母親に今後どうしたいか聞かれましたが、何も言いませんでした。何も言えませんでした。今になってみると、洗濯物を父に干させないとかすればよかったなぁとか思います。


⚪︎トラウマについて


カメラのレンズが怖くなりました。
他人のスマホのレンズもそうですが、自分のスマホのものでさえ、みんなこちらを撮っている気がするようになりました。あと、しばらくは写真を撮られることにも抵抗がありました。でもまあこれくらいかな。多分軽い方です。


⚪︎今現在のこと


特に父との関係は変わっていません。
ですが、今も父は私のことを「女」として見ていると感じます。

そのせいで好きな服は着れない、スカートは怖いし化粧なんて怖くて絶対にできません。髪を可愛くするとか、もう全部父親に性的に消費される気がするんです。

このまま大学生になったら次は何をされるかわからないので、さっさと家を出たいです(貧乏ではないですが裕福とも言えないくらいの家庭なので、一人で住まわせてもらえるかわかりませんが……)。


◻︎さいごに


ここまで読んでくださった方、あるいは断片的にでも読んでくださった方、本当にありがとうございました。
先ほど「トラウマについて」でトラウマが軽い方、と書きはしましたが、性暴行に軽いなどありません。すべて犯罪です。

あと、(ないとは思うけど)記事を引用したい時とかは気軽に連絡ください。大体通します。

改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました。未だかつてでした。