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NHK 視点・論点 「TPP参加の 是非」 2011年10月21日 (金) �

京都大学准教授 中野剛志

TPPとは、農業や工業の関税の完全 な撤廃のみならず、金融、労働、環境、 衛生など広範囲にわたって、外国企業の 参入障壁の撤廃を目指す国際協定です。 現在、九カ国が参加して交渉中であり、 日本はこの交渉への参加を検討していま す。 しかし、このTPPの交渉に参加する ことは、一般に思われているよりもずっ と危険なことなのです。

第一に、TPPへの参加は、東日本大震 災からの復興の妨げになります。東北の 被災地は農業が盛んな地域です。農家の 方々はこれから多額の費用をかけて農地 を復興していかなければなりません。し かし、もし将来、TPPに参加して農業 経営が厳しくなるかもしれないと思った ら、被災した農家の方々は復興に向けて の気力を失うでしょう。 現に、宮崎県の畜産農家の中には、口蹄 疫の被害の後、畜産を再開しようとした けれど、TPPの問題が持ち上がったの でやめてしまったところがあるそうで す。 TPPへの参加のみならず、TPP交渉 への参加を検討していることだけでも、 被災した農家に不安を与え、復興の妨げ になっています。野田内閣は復興を最優 先課題としていましたが、そうであるな ら、TPP交渉参加の検討も中止すべき ではないでしょうか。

第二に、TPPは、日本にとって何のメ リットもありません。TPPへの参加に よって、アジア太平洋の新興国の成長を 取り込めるという意見がありますが、間 違っています。 TPP交渉に参加している9カ国に日本 を加えた10カ国の経済規模の比率は、 アメリカが約70%、日本が約20%と なります。そしてオーストラリアが約 4%、残り7カ国をあわせて約4%にな ります。日本企業が輸出できるアジア市 場など、ないのです。 日本が参加したTPPは、日米で9割を 占めます。中国もインドも韓国もTPP には入っておらず、入る予定もありませ ん。従って、TPPに参加して、アジア の成長を取り込むことなど、できませ ん。TPPとは、実質的に日米貿易協定 なのです。

TPP参加国の中で日本企業が輸出でき そうな市場は、アメリカだけです。しか し、アメリカの関税は低く、例えば自動 車の関税は2.5%に過ぎませんので、 これを撤廃してもらってもあまり意味は ありません。 しかも、日本企業はグローバル化し、ア メリカでの現地生産を進めていますの で、関税があってもなくても、競争力と はほとんど関係がありません。 また、アメリカは現在、失業率が高く、 深刻な不況にあり、アメリカに輸出して もモノは売れません。それどころか、オ バマ政権は、貿易赤字を削減するため、 2014年までに輸出を倍増する戦略を 打ち出しています。これは、一ドル70 円程度の円高・ドル安がないと達成でき ない戦略です。アメリカは円高ドル安を 望んでおり、実際、円高ドル安が進行し ています。関税撤廃の効果など、円高が 進めば消えてしまいます。 従って、日本はTPPに参加しても、ア ジアにもアメリカにも輸出を伸ばすこと はできないのです。

さて、輸出倍増を掲げるアメリカです が、TPPでアメリカが輸出を増やせそ うな国は、日本しかありません。つまり アメリカは、TPPによって日本の市場 を獲得することを狙っているのです。

第三に、日本はTPPに参加しないと 世界の潮流から取り残されるとか、鎖国 になるとかいった懸念が聞かれますが、 それも間違いです。 アメリカ、韓国、EU、日本の平均関 税率を見てみると、すべての品目の平均 関税率では、日本の平均関税率は韓国よ りもアメリカよりも低いのです。そして 農産品の平均関税率についても、韓国よ りずっと低く、EUよりも低いのです。 しかも、日本は、食料の自給率が低いの ですから、農業市場は十分に開放されて いるわけです。 また、日本は、すでに十二の国や地域 との間で、経済連携協定を結んでいま す。日米関係は、十分に自由貿易です。 そして、TPPは、実質的に日米協定で あり、中国もインドも韓国もEUも参加 していません。 日本は、TPPに参加しなくても、世界 から取り残されることなどあり得ませ ん。

これ以上、日本は海外からの食料輸入 を増やしてもよいのでしょうか?現在、 世界的に食料の値段が高騰し、ソマリア ではたくさんの人々が飢えに苦しんでい ます。 日本のような豊かな国が、食料の輸入 を増やしたら、食料の値段はもっと上が り、発展途上国の貧しい人々はもっと苦 しむのではないでしょうか。

また、安い食料の輸入が増えたら、国 内の農業や食品産業で競争が激化し、価 格引き下げ競争が始まります。これは、 デフレをもっとひどくすることになりま す。給料は下がり、失業者は増え、不況 は深刻化するでしょう。安い製品の輸入 は、一見、良いことのように見えます が、実は、デフレのときには、デフレを もっとひどくすることになるのです。

第四に、TPPの問題点は、農業だけで はありません。現在、TPPの交渉は農 業以外にも、金融、投資、労働規制、衛 生・環境、知的財産権、政府調達など、 あわせて24もの分野があります。 TPPは、日本の食料だけではなく、銀 行、保険、雇用、食の安全、環境規制、 医療サービスなど、国民生活のありとあ らゆるものを、変えてしまいかねませ ん。特に、アメリカは、日本の保険制度 をアメリカの保険会社に有利なように変 えることを求めてきています。 実際、アメリカは昨年、韓国との自由貿 易協定に合意しましたが、この自由貿易 協定の結果、韓国は、例えば、共済保険 を三年以内に解体することになりました し、自動車の安全基準や環境規制につい ても、アメリカ企業に有利になるように 変えなくてはなりません。 このように、TPPに参加すると、自分 たちの国の基準によって、国民の健康や 安全を守ることができなくなってしまう のです。

最後に、政府の一部に、「まずは、TP Pの交渉に参加してみて、どうしても譲 れない部分があるなら、交渉から離脱す ればよい」と言って、TPPの交渉参加 を促す声があります。 しかし、TPPへの参加が結婚ならば、 TPPの交渉参加とは、婚約のようなも のです。交渉参加とは、参加を前提とし たお付き合いなのです。ですから、いっ たん多国間交渉に参加して、そこから離 脱したという国の例は、ほとんどありま せん。 特にTPPは、先ほど申し上げましたよ うに、実質的に日米協定です。したがっ て、もし日本がいったん交渉に参加しな がら、途中で抜けたら、アメリカは裏切 られたかっこうになり、日米関係は非常 に悪化します。アメリカ以外の国々から も信頼を失います。 ですから、TPPの交渉にいったん参加 したら、どんなにルールが不利になろう と離脱することはできなくなってしまう のです。

一九一一年、日本は小村寿太郎の活躍 によって、不平等条約を改正し、関税自 主権を回復しました。それからちょうど 百年後の今年、その関税自主権を放棄す るなどという歴史を、私たちは、後世に 語り継いでいけるのでしょうか。