仲良くさせてもらっている介護士さん。
「持ち上げ出来ない介護職員なんて、
正直、お荷物だとおもってました」
だそうで(汗)
私、割とはっきりいわれる方、好きなので、
そういうコメント大歓迎。
分かっていますよ、持ち上げ出来ない職員自身も。
お荷物だとおもわれてるってことは。
そのくらいのことは、周りの空気から痛いほど感じているはず。
ただ、私が思いのたけを書いたこの記事
を読んでいただいて、
持ち上げるとき、ほんの少しだけ、
「持ち上げない方法ってないのかな?」
と考えてくれたそう。
「そんなことを考えてたらね、
他の職員に、『おい、手、止まってるぞ!』って
いわれたんだよね」
だそうだ。
もともと、現在の介護方法に疑問をお持ちだったので
そうおもってもらえたんだろうけれど、
そう思ってもらえたことが、
まず第一歩としてとてもうれしいです。
継続して一緒に考えていただけるように活動しなければなと
おもった今日この頃なわけなんですが。
持ち上げない介護。
やり方を覚えたり、器具を買ったりね。
それまでは割とやってるところもあるとおもうんです。
特に、物理的に持ち上げられないですよね、
とおもわれるほど大きな、長身な利用者さんがいらっしゃったところでは。
ただ、その方が退所になったりすると、とたんに使わなくなる。
それは、
職員の考え方がまったく変わってないからです。
一番の肝であり、
一番難しいところは、
職員の昔からの凝り固まった考え方をほぐすこと。
職場のワークカルチャーをかえること。
それなしに、持ち上げない介護成功は、ないのです。
とても長期で、とてもしんどい作業でもあります。
人の気持ちを変えるってね。
たとえば、
「手を当てる介護が一番で、機械を使うなんて!」
「時間が無い!」
「こんな大きな人、一人で介助できちゃうのよ自慢」
などなど。
(そんなこと、自慢じゃありませんから!
→でも、やさしく介助できたことは、自慢できないのよね、なぜか。
そこが、一番重要なところじゃないですか?
時間が短縮できたとか、そんなところ、自慢すべきことじゃない。
利用者に満足してもらえたかどうか。
そして、利用者にも職員にも負担無く介助が行えたかどうか、
ってところが本当は一番重要。
だけど、満足度ってわかりやすく目に見えないの。悲しいことに。
そして、満足度ってそのときだけじゃ測れないの。
継続して満足したかどうか、ってことなんだとおもう。
その場で、目に見える評価しか出来ないって
なんだか悲しいですね。
それって、利用者からの評価じゃなくて、
大体の場合、同僚からの評価ですからね。
同僚からの仕事が出来るか出来ないかは、
利用者の満足度に比例しているかといえば、
決してそうじゃない。
(てきぱき出来て、利用者にも優しい職員って
どの職場でもほんの一握りじゃないですか?→そういう自分も、多分同僚にはあまり仕事は早いほうだとはおもわれていないはず)
優しい介護
めざしましょ。