ブロトモさんが
今、
悩みに悩んでいる看取り。
私はまだ遠いところに居るけれど、
いつか、
「治療しますか?延命しますか?
それとも看取りますか」
といわれる日はきっと来るに違いない。
ブログを書きながら
テレビをつけていたら
こんな番組が始まった。
「ありのままの最期」
医師であり、僧侶である田中さん。
今までにたくさんの方の看取りをされてきた。
その方が、自分がすい臓末期がんだと分かった。
最期の密着450日。
文字起こしはこちら
NHKのドキュメンタリーページ
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92935/2935010/index.html
田中さんはお若かったけれども
看取り。。
何を言っても軽くなるような気がして、何もいえない。
受け止めると決めた家族も
サポートの苦労も
看取った後も。
もうつらすぎて。
火葬場の骨になるまでドキュメンタリーだったけれど、
奥様は火葬場まで一緒に行けなかったよ。
色んな理由があるだろうけれど、
延命って、最期まで治療って、
なんか、家族のそういう辛さを軽くするんだろうなって。
最期までやったからしかたないって合理化できるのかなって。
本人の辛さは置いといて、ですが。
看取りっていくら本人がそれがいいって言ったとしても
もっとベストな選択があったんじゃないかと
考えてしまうような気がして。
その後、家族は自分を責めてしまうような気がして。
そして、親族が「何で治療をしなかったんだ」
なんて言い出したら、
もう延命をするしかないような気すらしてくる。
オーストラリアは
延命をしない、というのが文化で、
ドクターすらも
「積極的治療をしても、回復が見込めないけどどうしますか」
と聞いてくる。
そんな暗黙の了解があるから、
家族は「看取り」を自然に選択する、というだけで、
全部を自由に選択できるとしたら。
ひょっとしたらオーストラリアでも延命って増えるのかもしれない。
本人の辛さを考えるのか。
家族の辛さを考えるのかにもよるかな。
夜中だし、こんなドキュメンタリーみたから
いろいろ考えてしまいましたよ。