白鳥は
哀しからずや
空の青
海のあを
にも
染まず
ただよふ
若山牧水の有名な短歌。
初出においては「海の青そらのあを」とされてたのか。
(明治40年12月「新声」)
白鳥ではなく実は「カモメ」という説も。
白い鳥、なのだ。
海の青と空の青に
白い鳥、なのだ。
海の青は空の青より深く濃い青で
空の青はそれより薄くて淡い青(とわたしが勝手に想像している。)
高校生の頃、初めて教科書で読んで、以来心にずっと留まっている。
孤独なのかというとそうではない。
かと言って孤高というほどのものでもない。
(教師は孤高と言っていたけれど。)
静かで自然な弧(個)への憧れ。
確認のために調べていて驚いた。
白鳥が空を飛んでいると解釈している人もいるらしい。
わたしは海に漂っていると最初から心に描いていたので驚いた。
白い鳥が水平線近くに漂っている。
視点を空に移す。空の青が広がる。
そのあと海の青に視点が移る。
海の青が先だと空の青がぼんやりしてしまうので
まず空の透明感のある水色に近い青。
そのあと目に入る海の青は空より濃くて深い青で、
それは白鳥と接しているので、より白鳥にとって「現実」だ。
わたしの中では
白鳥はカモメではなく、はくちょうだ。
寒い時期で空気は透明だ。
この歌は透明なまなざしでまっすぐ読まないといけない。
カモメのような躍動感のある鳥じゃない。
凛とした気品が必要だ。
以上
わたしが高校生の時に頭の中に描いた美しい情景による勝手な解釈でした。
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孤独でもなく
孤高でもなく
自然な弧(個)
そうなんだね。わかったよ。