あっっという間に帰る日になりました。
前日は友達が家に遊びに来てくれて父と3人で鍋をしました。札幌はもう鍋を食べたくなる寒さです。


父は何度もウインナーをそのまま食べようとして私に「これはまだだよ。(鍋の)中のを食べて」と言われ、隠しても見つけ出して火を通してないウインナーを食べようとしてましたにひひ

肉は生が美味しいって焼肉もほとんど赤いまま食べて、いっつも母に怒られてたなぁ。



当日、母も仕事が休みだったので2人でバス停まで見送りに来てくれました。


その日も清々しい秋晴れでした。
バスが出発して2人の顔が見えなくなってから寂しくてちょっと泣きました。



「私に帰って来て欲しい?」

という質問は出来ず、またコンクリートジャングルで働きます。


次は冬に帰れたらいいな。
その時はまた父と一緒にスノボーにいけるのでしょうか。



結婚式の次の日は父の兄弟とご飯にいく約束をしていました。
父は長男で、妹と弟がいます。3人揃うのは…いとこの結婚式以来だったはずです。私が叔父に会うのは兄の結婚式以来。

結婚式ってすごいなぁ。。。


昼間に友達と予定があった私は両親とは現地集合です。友達に美味しいお寿司屋さんを聞き、待ち合わせをしました。
私は先日の靴履き忘れ騒動があって、父がちゃんと来るか少しだけ心配でした。

ところが…


叔父さんは久しぶりの北海道にあれも食べたいこれも食べたい、〆はラーメンと決めてると大はしゃぎだし、父も母も叔母も、とにかくよくしゃべって、よく食べて、よく飲んでました。




ずっと父は嬉しそうでした。母も楽しそうでした。そんな2人を見たのはなんだか久しぶりな気がして私も(きっと妹も)嬉しかったなぁアップ


結婚式最後の父の挨拶の話にもなり、「いい挨拶だったよー」と言ってもらって、何かを言ったかなんて覚えて無いくせにこれまた嬉しそうに笑っていました。



兄妹ってやっぱりいいですね。




次の日、父は弟に電話で「またみんなで集まりたい。今度は旅行でも行こう!」と言っていたそうです。何処かに行こう!と言うなんて最近の父からは想像出来なかったので、母も驚いていました。




笑うという事が認知症にとってどれだけ大切な事かを感じた日でした。




そして父の兄弟3人ともお酒を水の様に飲む姿に、私はこの血を確実に受け継いでると実感…べーっだ!


ちゃんと〆のラーメンも食べ、叔父さん、最高に満足しておりました。よかったよかったグッド!







靴を履かずに駅までくるなんて・・・叫び


当たり前だと思っていることが出来ないのが認知症という病気だとわかってはいたものの、靴履かないって、足痛くなかったのかなぁ~なんか、笑っちゃうわぁ~。

なんて考えながら、でも急がなきゃ!!!という時に限って私は方向音痴っぷりを発揮してしまい(札幌住んだことないからわかんないんだもん)、両親は駅のホームでかなり待ったことでしょう。


ようやく戻り父の顔を見たときに「やばいなぁ」と思いました。
なんとも悲しそうに落ち込んでいたのです。


私が声をかけても「・・・・うん。」とか「あぁ・・・。」とか。


お母さん、怒ったな。



 家に着くと、父はすぐ寝ました。といっても眠れないので眼は開いています。
父は何度も目の前を通り過ぎる地下鉄を見ながら「なんで乗らないんだ?」と聞き、母はそれに腹を立てて怒ったそうですしょぼん



しばらくすると寝室から嗚咽が聞こえてきました。
「おれなんていなくなってしまえばいいんだ・・・」


父はそう言って泣いていました。



私が父の泣いている姿を見た初めての日でした。






母を責めることは出来ません。きっと疲れていただろうし、たまに数日だけ帰ってくる娘には偉そうな事は言えません。そして私に言われなくたって母もわかっているのです。
でも、どうしても我慢出来なかったのでしょう。



次の日は叔母達とお食事の予定です。楽しめたらいいなーーー。




私が寝る時、父は口を開けて爆睡していました。

にひひとりあず良かった。



そんな長い1日でした。