「とあるバンドの人と間違えられる件について」Vo.恒吉
「ファンです!応援してますっ!!」
笑顔がキュートなカップルが目を輝かせながら握手を求めてきてくれた。
が、しかし。
嫌な予感がザワザワと心の中でざわめき始める。
そんなわけない。
そんなわけないのだ。
自分で言うのも何だが、うちのバンドは売れていない。
良い曲書いているけどな、ムカつくけどそんなに売れていない。
それにこのパターン。
某バンドのギターボーカルと勘違いされて声をかけられたパターンが何度もある。
俺は勇気を出していった。
「声かけてくれてありがとう。そしてごめんねなんだけど、多分、君達が思ってるバンドの人と多分違うと思うんだ」
おお、彼等の顔がひきつってゆく。
時空が歪む。
カップルと俺を含む3人のクソみたいな悪夢のトライアングル。
気まずい。
どうしてあげたらいいいんだろう。
空気を変えねば。
「え、、えっと!でも俺もバンドしてるし、もしかしたら本人かもね!バンド名ちと言ってみてー」
カップルのひきつった表情が少し光を取り戻した。
「え!そうなんですね!○○○○○○○○の○○○○さんですよね!?」
ち、ちげーな。
や、やっぱり、こ、この人達。
勘違いしている。
そして彼等も俺のなんともいえない表情を見て悟ったのだろう。
こいつは違う人物だと。
二度目の悪夢のトライアングル状態が始まる。
その状態を防ごうとカップルの男の方が慌てて言った。
「え、あ、なんかごめんなさい。で、でもほらイケメンだから大丈夫ですっ!!」
わあ、そんなフォローいらない。
それに何が大丈夫なんだ!?
バンドマンがバンドマンに間違えられる屈辱。
確かに俺も以前、二階堂ふみさんと宮崎あおいさんの見分けがつかなかった。たまに加藤鷹さんと吉井和哉さんもわからなくなる時だって俺もある。
けれど、やっぱりそんな勘違いを直に口に出されるとけっこー悔しい。
ましてや、全くの知らないバンドならともかく、同じフェスにでたり会話したりしてるバンドなわけで、とりあえず変な気持ちが川の濁流のように濁った水が溢れ出す。
しかし、このカップルも悪気があるわけではない。
俺も笑顔で答えようじゃないか!
「ごめんごめん!やっぱ違うバンドだよ、その人。でも、これからうちのバンドがくるかもだからね、その時はよろしくね!逆にもう握手して下さい!!」
何がよろしくなのかは自分でもよくわからない。
何故俺は俺から握手を求めたのだろう。
そして、帰宅しながら、やっぱり時々全力で思うこと。
ああ、やっぱり売れてえな。
もうエゴとか全部捨てちゃおうかな。
しかし、その次の日めちゃエゴ丸出しの曲を書いている自分が嫌いじゃない事に気づくのだ。