2025年12月7日(日)午後4時過ぎ

三陸鉄道リアス線で岩手県釜石市に到着。

三陸鉄道釜石駅で出迎えてくれたのは、

小さなラグビー戦士たちだった。

釜石といえば、新日鉄釜石ラグビー部のホーム。

日本選手権7連覇のレジェンドが生まれた土地だ。

ラグビーファンとしては、一度は訪ねたかった。

70歳にしてようやく、願いがかなった。

翌日の8日朝、再び釜石駅へ。

三陸鉄道とJRの釜石駅が並ぶ駅前広場でバスを待つ。

目の前には日本製鉄(旧新日本製鉄)の工場がそびえ立つ。

”北の鉄人”といわれた新日鉄釜石のラグビー選手たちが、

製鉄マンとして働き汗を流していた場所だ。

横断幕、壁文字で「ラグビーのまち」とPRしていた。

北の鉄人たちの思いが受け継がれているようで、

うれしかった。

釜石駅前からバスで約20分。

市東部の鵜住居に到着した。

鵜住居と書いて「うのすまい」と読む。

今回初めて分かった。そのままの読み方だ。

バス停は三陸鉄道鵜住居駅の前。

駅前広場には大きなラグビーボールがあった。

並んで立つと自分より高かった。

ラグビーボールから歩いて10分弱。

朝日を浴びるラグビー場に着いた。

釜石鵜住居復興スタジアムだ。

2018年に完成したラグビーのまち釜石のシンボル。

翌年のラグビーワールドカップ日本大会では、

フィジー対ウルグアイの試合が行われた。

入るといきなり、大地震などの際の避難経路案内。

東日本大震災の被災地で防災意識が強いのだろう。

スタジアム整備などのための基金への寄付者の一覧。

入り口近くに掲示されていた。

外部と区切る壁もなく、自由に中には入れた。

右手がメインスタンドで左がバックスタンド。

二つのスタンドだけの簡素な構造だが、

自然の中のスタジアムで親しみやすい気がする。

メインスタンド側から一回りした。

メインスタンドからの眺め。

メインスタンドの裏側。木目が目立つ。

スタンドの椅子やトイレ棟の外壁など木製が基本。

2017年に発生した山火事の被害木を利用したそうだ。

バックスタンドの脇の壁のモザイクアート。

寄付など様々な応援に対する感謝を示している。

タイルではなく、貝殻を使っている。

スタジアムの一角に立つ碑。

「あなたも逃げて」という言葉は東日本大震災の教訓だ。

震災前、ここには鵜住居小学校と釜石東中学校があった。

二つの学校は震災の津波に流されてしまった。

しかし、両校合わせて約600人の子供たちは、

必死に逃げて、逃げて、逃げて、生き延びた。

この出来事は「釜石の奇跡」といわれている。

奇跡の現場に立つスタジアムは、

防災意識の大切さを伝える場でもある。

バスで釜石駅前に戻り、隣の「シープラザ釜石」へ。

土産物店、飲食店、イベント広場など、

様々な施設の入った複合ビル。

2階に上がると、ラグビー関連の展示が広がっていた。

まずは、2019年ワールドカップ関連のコーナー。

新日鉄釜石ラグビー部の偉業を伝えるコーナーも。

新日鉄釜石は1979~85年の7連覇を含め、

日本選手権の優勝は通算8回に及ぶ。

展示を見ると、懐かしい顔が何人も見えた。

隣はラグビーチーム、釜石シーウェイブスの事務所。

2001年、新日鉄釜石を引き継ぐ形で発足した。

現在は、ラグビー、リーグワンの2部に所属している。

事務所前にいた関係者はなんと釜石V7戦士の一人。

話しかけると、気さくに応じてくれ、

釜石の思い出話などしばし付き合ってくれた。

思いがけず楽しいひと時を過ごせた。

その関係者の方にいただいた記念品。

うれしいお土産になった。

リーグワンは今日、12月13日に新シーズン開幕。

シーウェイブスは残念ながら初戦で敗れた。

なんとか、今後巻き返してほしい。

離れた場所からだが、一生懸命応援する。