沖縄を訪ねると、どうしても戦争を意識する。
今回は、那覇市の南西、豊見城の丘にある「海軍豪公園」を訪ねた。
昭和19(1944)年に日本海軍によって掘られた地下壕の司令部跡だ。
米軍の艦砲射撃が激しくなる中で持久戦をするための施設だった。
そこまで追い詰められていたにも関わらず、戦いを止めなかったという事実の重さを感じた。
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路線バスを降りて少し歩くと公園に入り、緩い坂道を上る。
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坂をほぼ上り切った所から、さらに階段を上る。
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ようやく、地下司令部跡入り口の建物に到着した。
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地下に向かって105段の階段を下りる。
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まもなく地下壕に到着した。
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壕は全体で450メートルほどに達するという。
現在、300メートルが公開されている。
 
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かまぼこ型にくりぬいた横穴をコンクリートで固めた格好。
戦時中によくぞ作ったものだ。
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くりぬいて作った部屋を間近に見学できる。
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例えば、下士官室。
一人用の個室ではない。
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下士官室の床には、こんな説明書きがあった。
想像するとぞっとする。
 
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所変わって、摩文仁地区にある平和祈念公園。
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国籍、軍・民間を問わず沖縄線などで死亡した人の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」。
名前を刻まれた人は今年の6月現在で24万人に達した。
 
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修学旅行らしき学生たちが礎の前で佇む。
よく見ると、府県別に名前が刻まれていた。
郷土の人々が刻銘されている場所に立ち寄ったのだろう。
 
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平和祈念公園近くにある、ひめゆりの塔でも修学旅行のグループがいた。
塔の前で平和を願う歌を合唱している学生たちもいた。
 
戦跡の前で、学生服の青少年たちの真剣な表情を見ると、少しほっとする。