
8月13日(土)
天守閣の南東、玉造口近くの一番櫓裏手。
木立に囲まれてひっそりとしたこの場所は、観光や散歩の人が訪れることも少ない。
その一角に、「暁を抱いて闇にゐる蕾」という歌を刻んだ石碑があり、
隣ではサルスベリが鮮やかに咲いている。
29歳の若さでこの世を去った反戦歌人、鶴彬(つる・あきら)を顕彰する記念碑と記念樹だ。
鶴彬の没後70年となる2008年に有志によって設けられた。
実は終戦まで、ここには陸軍の刑務所「衛戍監獄」があった。
1930年陸軍に歩兵として入隊した鶴彬は、この監獄に1年8カ月収監されていた。
軍の中で共産青年同盟の機関誌を配布し、同志を募っていたためだ。
治安維持法違反容疑だ。
刑が終わり除隊となった鶴彬は1935年に上京。
しかし、編集する川柳雑誌が反軍的だなどの理由で逮捕・収監され、
獄中で赤痢を発病し、1938年に亡くなった。
29年の短い人生の間に戦争に反対する川柳を多く残したそうだ。
早朝、人気のないときにこの監獄跡地をよく走る。
監獄だったころの痕跡は何もないが、
どんな兵士たちが、どんな理由で獄に入っていたのだろうか、と時々思う。
朝からテニススクールに行くためショートカットして4.51km