
8月12日(金)
その建物の玄関口では、毎朝善男善女たちが合唱を楽しんでいる。
私のようなオヤジが懐かしく思える昭和歌謡、フォークだ。
長く門を閉ざしている空き家だが、天守閣広場のシンボルの一つだ。
1945(昭和20)年の終戦までは、陸軍第四師団の司令本部だった。
いわば、軍の中枢部だ。
しかし、1931(昭和6)年、現天守閣と共に市民の寄付で建設された。
大阪城の天守閣は江戸時代に落雷のため焼失。
昭和の初めに当時の大阪市長が市民に再建費用の寄付を募った。
募金は150万円(現在の額で600億~700億円に相当)集まった。
市は同時に城の一部を公園化することも計画した。
ところが、当時大阪城は陸軍管轄で、再建、公園化は軍の了解が必要。
結局、天守閣と司令本部をまとめて建設することとなった。
150万円のうち半分以上の80万円が第四師団の庁舎建設に回された。
募金した市民たちは、どう思ったのだろうか……。
建物は戦後一時期、米軍に接収された。
1948年の接収解除後は警察本部や市立博物館として利用された。
今でも、玄関口の上には大阪市立博物館との表示が残っている。
しかし、2001年3月に博物館閉館となってからは、
イベントやテレビロケなどで時折、一時的に使われるだけ。
確か、14~15年には大坂の陣400年イベントでレストランになった時期があり、私も一度利用した。
そのレストランも閉じてしまった。
何かうまい再利用策はないのだろうか。
体感的には、風は夏の峠を過ぎたと思える8.02km