5月のGWのソウル旅行物語をさらに続けます
約20年前はソウルで暮らし、働いていた
その思い出の地を巡る感傷旅行でもあった
 
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日本ではありきたりの「ヒレカツ定食」
ただ、20年前当時はソウルで味わえる数少ない”日本の味”の一つだった
そして、20年経った今でも、ちゃんと残り、懐かしい味を守っていた
一人前11,000ウオン(1,100円)
 
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ソウルの中心繁華街、明洞の「明洞トンカツ」
20年前、ソウルで日本と同じトンカツを食べられる貴重な店として有名だった
残業の夜には、この店のトンカツ弁当をよく会社で食べたものだった
 
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ソウル中心部に立つ最新の高層ビル
この場所にあった年季物のビルの一角に毎日通って働いていた
当時の面影はまるで無くなっていた
 
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地下鉄4号線の二村(イーチョン)駅
当時の雰囲気が今も残っている
漢江近郊の住宅地、東部二村洞(トンブ・イーチョンドン)
日本人をはじめ外国人の多く住むこの街に、我が家があった
 
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懐かしい商店街の風景
特に左端にコンビニがあったことは、しっかり覚えている
 
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近づいてみると、真新しい雰囲気になっていた
ATMが店の外に置いていあることに、いささか驚いた
 
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近くにあった日本風うどんの店。今も健在のようだ
「郷に入っては郷に従え」とはいっても、やはり時々は故郷の味が恋しくなる
相変わらず、日本人たちが贔屓にしているのだろう
 
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古いビルが次々と新しい高層ビルに変わるソウル
それなのに、私が暮らしていたマンションは、まだそのままの姿だった
うれしい誤算だった
思い切って当時の部屋の前まで行ってシャッターをパチリ
今はどんな人が住んでいるのだろうか?
やはり日本人だろうか?
 
◇   ◇   ◇
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実は、私が初めてソウルを訪れたのは1979年だった
その時、宿泊したのがソウルYMCA
そのYMCAが2014年になった今でも残っていた
前を通って見た限りでは、ビルは改築も無く当時のまま
中をどのように使っているかは分からない
もし、今でも宿泊を受け入れているのなら、泊まってみたい
 
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YMCA近くにある公園
79年当時は「パゴダ公園」だったが、今では「タプコル公園」と呼ぶ
 
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日本の植民地下の1919年3月1日
この公園で起こった抗日独立運動が「三一運動」として各地に広まった
その独立運動を描いたレリーフが今も並んでいる
 
◇   ◇   ◇
 
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街角で見かけた黒塗りのタクシー
私がソウルで暮らしていた約20年前に登場した「模範タクシー」だ
別名、デラックスタクシーだ
何が模範かというと、乗車拒否をしない、ボラない……
今では、一般のタクシーでもそれが当たり前になっていると思いたい
 
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20年前には街の至る所で見かけた公衆電話
今では、ごくたまにしか見かけなくなった
昔は、使った人が余りの通話料を残し、
次の人が「再発信」ボタンを押して使う庶民の知恵が生かされていた場だった
やがては消えていくのだろう
残念な気がする