大げさかもしれないけれど、3月7日金曜日は歴史的な日だった
1615年、徳川家康軍によって焼き払われ、地中に埋められた豊臣の大阪城が蘇ったのだ
大阪市が発掘した城壁の一部を公開した
落した城に盛り土をして、その上に新しい白を築いた徳川の仕打ち
それに耐えて潜んでいた豊臣の魂が今、立ち上がる
 
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天守閣広場の一角にある発掘現場
平日の昼間なのに、人々が集まる
今こそ、大阪城に結集する時だ!!!!!
 
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フェンスに張られた発掘写真を眺める人々
蘇る豊臣の魂に感激しているのだろう
 
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発掘現場から頭が見える天守閣は、
昭和6(1931)年、大阪の人々の募金を元に復元された三代目
徳川の建造した二代目は江戸時代、落雷のために全焼していた
やはり、神は許さなかったのだろう
 
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発掘された城壁の一部を上から覗き込む
自然石を多用した野面積みという技術で築かれていたという
 
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柱で見にくいが、矢印の先の部分に城壁がある
 
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城壁を覗き込む人々。やはり年長者が多い
この城壁は9日まで公開された後、いったん埋め戻される
市では2016年ごろには恒久的な展示施設を整備する目標
 
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発掘現場のそばでは、金蔵(きんぞう)の石壁も見つかった
中央区の「石列」表示のあるものだ
その手前に鉄筋を使った建物の跡があるが、陸軍の建物の跡
豊臣→徳川に続き、明治地代からは陸軍が主になった大阪城の変遷を示す
 
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城壁とともに発掘された、豊臣の時代の遺産の数々
食器には焼き払われた時の跡が残っているという
 
400年の眠りから覚めた豊臣の魂が大阪をどのように変えていくのだろうか