城ラン百景〔4〕自刃の地 7月5日(金) お城の天守閣の裏手の木立の中にひっそり立っているのが、この碑 1615年(慶長20年)5月、いわゆる大坂夏の陣で、城主の豊臣方が攻め入る徳川が敗退 当主の秀頼と、母で豊臣秀吉の側室、淀殿は、この近くの櫓で自殺したとされる 以来、約400年 今朝も花とお茶が添えられていた 大阪人の豊臣家に対する深い愛着がうかがえる 今朝は寝坊でスタートが遅れ、走行距離4.06km