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2月12日(日)
午後0:30ごろ、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズに到着した。
横浜を出発したのは9:10ごろ。3時間20分ほどのバスの旅だった。
バスの運転手氏曰く、道がすいていたので早めに到着した。
宿泊料金はホテルハワイアンズ和室2人利用で1人12,600円(入湯税は別)。
一泊二食付きで、しかもテーマパーク2日間(12~13日)の利用券付。
つまり、2日間は温泉・プール入り放題、フラガールのショー観放題。
横浜とのバス送迎往復まで付いているのだから、何ともお得。
感謝、感謝、感謝。
 
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周囲を見渡すと荒涼とした中山間地域の風景が広がる。
炭鉱以外にどんな産業があったのだろうか?
 
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チェックインの前に、早速フラガールのショー。
昼の部は13:30から約40分間だった。
観客席の前の方は有料の予約席(指定席)になっていることを初めて知った。
この日はフラガールショーの後、15:00からアイドルのショーがあり
「追っかけ」が一般席を大量に席取りしていたうえ、予約席を買い占める。
座れる席がなく、通路や階段の脇などをウロウロしながら観劇。
ショーの合間には観客の体験コーナー。
写真のようにお客さんが相次いで部隊に上がり、腰をクネクネ。
ほのぼのとしたムードが館内に漂った。
 
ショーは面白かった。
ただ、真冬の世界からいきなり28度の夏に入ったので、途中頭がクラクラ。
そういえば、まだ着替えもしていなかった。
宿泊客にはアロハシャツ、ムームーが用意されている。
 
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夕食はホテルハワイアンズ3階の大食堂でバイキング。
まあ、あの料金なのだから、夕食、朝食ともバイキングでも可とすべしだろう。
その大食堂の外の廊下の壁では、昨年の震災後にフラガールたちが全国各地を回った時の寄せ書きを展示。
そういえば、このキャラバンの模様は映画にもなっていたはず。
売店では本も見かけた。
語弊があるかもしれないが、フラガールは何をやっても物語になる、という気がする。
 
 
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夕食後は20:10から夜のグランドショー。こちらがメインの感じ。約1時間。
昼間いたアイドルの追っかけたちがいなくなったうえ、2階の予約席(600円)を確保したので落ち着いて鑑賞。
綺麗だった。観ていて楽しかった。
        
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フラガールだけじゃない。
ファイヤーダンスを踊るファイヤーボーイも二人登場。
格好良かった。場内は拍手喝さい。
 
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体験コーナーは夜も皆さん舞台に上がって、腰をクネクネ。
 
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2月13日(月)
テーマパークは朝10時開館。
5分前に入場口に向かうと開館待ちの行列。
余計なお世話かもしれないが、うれしかった。
賑わい、繁盛してほしい施設だ。
 
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テーマパークの片隅に「フラ・ミュージアム」という展示スペースがある。
フラダンスそのものの資料展示はもちろんだが、
スパリゾートハワイアンズ(常磐ハワイアンセンター)、フラガールの歩みに関しても資料展示している。
ハワイアンズの運営会社は「常磐興産」という名前。
もともとは炭鉱を経営していた。
石炭から石油へというエネルギー革命で石炭産業が衰退。
会社の生き残りをかけて昭和41(1966)年1月にハワイアンズ(当時は常磐ハワイアンセンター)を開いた。
そして、アトラクションの主役として地元の女性をフラガールに養成した。
 
当時を振り返るポスターにフラガールのコンセプトを示す言葉ががはっきりと書かれていた。
「松竹や宝塚のショーを真似ようと思うな。少女歌劇やレビューを見たい人は東京か神戸に行けばいい。ハワイアンセンターは、ここでしか見られないショーを上演する」
「炭鉱人の血を受け継いで、炭鉱の空気の中で育ってきた人が踊ることによって、この目的が達成せられる」
二つの言葉とも、「中村豊」という人物の言葉だ。
中村氏は常磐炭鉱(常磐興産の前身の炭鉱会社)の副社長時代にハワイアンズ、フラガールの計画を推進、
フラガールの養成機関である常磐音楽舞踊学院初代理事長を務めた人物だった。
産業が斜陽化する中で止むにやまれる決断だったのかしれないが、
実に高い志のプロジェクトだったのだ。
 
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展示スペースでは新旧のフラガールに出会えた。
まず、ハワイアンズ開業当時に、当時フラガールになった炭鉱の娘のドキュメンタリー。
まさに「ヤマの踊り子」だ。
そして、もう一方は2006年公開の映画「フラガール」だ。
 
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〔まとめ〕
地域の観光開発のためにテーマパーク、レジャー施設を作る例はどこでもある。でも、ハワイアンズは施設だけでなく、フラガールという「ソフト」を地域で養成した。しかも、そのフラガールは「物語性」に満ちている。だから、いつまでも、ハワイアンズとフラガールは廃れない、と信じたい。