皆さま、こんにちは!
OVERHEAT THE RAINBOW の なかちゃんです☆彡
配信動画、夏目漱石「永日小品」
十五回目「霧」
アップしました(^_-)-☆
https://www.youtube.com/watch?v=-01KRdKcW-M
濃い霧に包まれて・・・
ロンドン留学時代、最後の下宿先より。
先日中、一週間ほど寒気烈しく水道鉄管が破裂し
瓦斯もつけられぬ始末に困じ果候が、昨今は非常の暖気にて
木の芽春の草花などぽつぽつ見当たるやうに相成候。
世界広しといへども倫敦位気候の劇変する処は無之と存候。
霧は有名なるものにてこれを角切りにして日本へ持帰たき位に候。
(明治35年3月10日 夏目鏡子あて書簡より)
はじまりは、
霧の街ロンドンならではの
“音” の風景。
“昨宵は夜中枕の上で、ばちばち云う響を聞いた。これは近所にクラパム・ジャンクションと云う大停車場のある御蔭である。”
“霧の深い時には、何かの仕掛けで、停車場間際へ来ると、爆竹の様な音を立てて相図をする。”
やむを得ないが耳に痛いこと、この上なし。
“外面を見卸すと”
やっぱり、
“何も見えない。”
今や濃霧窓に迫って書斎昼暗く時針一時を報ぜんとして
撫腹食を欲する事頻なり
(明治34年12月18日 正岡子規あて書簡より)
“隣の庭・・・奇麗なローン・・・春先の・・・御爺さんが日向ぼっこ・・・右の手に鸚鵡を留まらし・・・頻りに鳴き立てる。・・・娘が・・・絶え間なく芝刈器械を・・・転がしている。”
「ローン」とは、芝生のことであります(‘◇’)ゞ
思い起こすは、霧なき良き日の、のどかな風景。
しかれども、
“今は全く霧に埋って、荒果てた自分の下宿のそれと、何の境もなくのべつに続いている”
あの、耳障りな鳴き声も、機械音も、
遠く霧の彼方へ・・・
さらに言わせてもらえば、
“裏通りを隔てて・・・教会の塔・・・何時でも鐘が鳴る。日曜は殊に甚だしい。今日は・・・”
“鐘の音はまるで響かない”
ちょっとホッとしている。
何もかもが、霧の向こう。
さあ、出掛けよう!
霧の街へ。
“表へ出ると・・・世の中が二間四方に縮まった・・・”
五里霧中ならぬ、二間霧外?
「二間」とは、約3m60cmであります(‘◇’)ゞ
ロンドン広しと言えども、世間は狭い?
“四つ角でバスを待ち合わせていると・・・急に眼の前へ馬の首が出た”
漱石先生、慣れたもので
“此方から霧を冒して、飛び乗って・・・”
当時、乗り合いバスは二階だての馬車、ホース・バス~♪
なんとバスは、停車しない!
そろそろと徐行運転?
スピード緩んだところへ乗客が、
まさに “飛び乗って” いたのだそう。
「停車」は重労働のお馬さんにとって、酷なんだそうであります(‘◇’)ゞ
さあ、いよいよ
テムズ川の南から北へと
かの有名な・・・
「ウェストミンスター橋」を通る!!
“その時頭の上でビッグベンが厳かに十時打ち出した。”
対岸前方に堂々聳ゆるは、英国国会議事堂の時計塔。
大時鐘が厳かに鳴り響く。
このウェストミンスターの鐘の音♪
実は、皆さまお馴染み
学校チャイムのあのメロディー
キンコンカンコン~♪
元祖チャイム音なんだそうです!
メロディー奏すは小鐘たち、大時鐘は正時のみ打つのであります(‘◇’)ゞ
“仰ぐと空の中でただ音だけがする”
さすがの霧もビッグベンの鐘の音だけは、封じ込められぬ。
“ヴィクトリヤで用を足して、テート画館の傍を河沿にバタシーまで来ると・・・突然と四方からばったり暮れた。”
バタシーでばったり・・・( ´艸`)
・・・余は晩餐前に公園を散歩する度に川縁の椅子に腰を卸して向側を眺める。倫敦に固有なる濃霧は殊に岸辺に多い。余が桜の杖に頤を支へて真正面を見て居ると遥かに対岸の往来を這ひ廻る霧の影は次第に濃くなつて五階立の町続きの下から漸々此揺曳くものの裏に薄れ去つて来る。仕舞には遠き未来の世を眼前に引き出したる様に窈然たる空の中に取り留のつかぬ鳶色の影が残る。
其時此鳶色の奥にぽたりぽたりと鈍き光りが滴る様に見え初める。三層四層五層共に瓦斯を点じたのである。余は桜の杖をついて下宿の方へ帰る・・・ (「カーライル博物館」より)
先生、下宿のある河南へと戻って来た模様。
そして、ここは馴染みある、バタシー・パーク辺りでしょうか。
早くも、暮れどき?
“黒い色に染られた重たい霧が、目と口と鼻とに逼って来た。”
冬の日の短さと霧の濃さとが相まって
“自分はこの重苦しい茶褐色の中に、しばらく茫然と佇立んだ。自分の傍を人が大勢通るような心持がする。けれども・・・疑わしい。”
“その時この濛々たる大海の一点が、豆位の大きさにどんよりと黄色く流れた。自分はそれを目標に、四歩ばかりを動かした。すると・・・”
・・・もし霧起こるとあれば日中にても暗夜同然
ガスをつけ用を足し候・・・
(明治33年12月26日 夏目鏡子あて書簡より)
・・・濃霧、春夜の朧月の如し。市内皆燭照して事務をとる。
(明治34年1月12日 日記より)
“店の中では瓦斯を点けている。”
“自分はやっと安心した。”
さあて、我が侘び住まいへと歩を進めん!
“バタシーを通り越して・・・同じ様な横丁が・・・青天の下でも紛れ易い・・・”
喜びも束の間なるや霧の街 迷い猫なる吾輩である(=^・^=)
“それから先はまるで分らなくなった。暗い中にたった一人・・・”
その時(´゚д゚`)はっ!
・・・コツ、コツ、コツ・・・
闇に石畳響かせて
“靴の音が近寄って来た”
天の助け!と思うと・・・
・・・コツ、コッ、コ・・・
“段々遠退いて行く。仕舞には、全く聞こえなくなった。”
ああ無情、闇に呑まれし靴音よ!
漱石先生の下宿先、ミス・リールの家。
チェイス81番地。
ああ、こんな時こそ・・・
甦れ!音の風景たちよ。
裏通りの教会の鐘が、少しでも響いてくれたなら・・・
鸚鵡や芝刈り機の喧しい音でもいい、
霧を裂き
この耳に聞きつけられたなら・・・
どんなにかよかっただろう。
なんて、考え巡らす漱石先生であったかもしれません。
今となっては雲散霧消?なお話しであります(‘◇’)ゞ
byなかちゃん