筆者が提案するのは、まず、いじめから「逃げる」こと。そして、親や教員、教育委員会といった大人ではなく、子どもたち自身が主体となって解決する手段をつくり出すことだ。実態調査や相談窓口も充実させる必要がある。
■著者は教育学専攻博士前期課程修了。若者の自殺を長年にわたって取材。「[ケータイ・ネット]を駆使する子ども、不安な大人」(長崎出版)と児童書「気をつけよう! ネット中毒」(汐文社)などの著書がある。
バッシングに終始するだけで、問題解決の糸口を提示できない報道
2005年9月、北海道滝川市の小学校の教室内で、小6女児(当時12歳)が自殺を図り、後に死亡したことが「いじめ自殺」報道のはじまりだった。女児の入院先で、遺族の男性が市教育委員会(以下、市教委)の辰巳信男教育部長に、いじめを指摘する「遺書」を示したところ、受け取りを拒否したことが明るみになった
また2006年10月11日、福岡県筑前町立三輪中学校の中2男子生徒(当時13歳)が自宅の物置内で首をつって亡くなっていることが分かった。男児は遺書に「いじめが原因です。いたって本気です。さようなら」などと記し、遺族もいじめを指摘していた
学校側の調査で、1年次の担任が発した言葉から、いじめが始まったことが分かった。また両親が、男子生徒と親しかった同級生2人から「担任の発言が発端だった」との証言を得ていた。それに対して元担任は、「からかいやすかったから」と発言を認めている。
これらの「いじめ自殺」報道は、教委や学校側の対応のずさんさを示すことになった。市教委の対応のあり方が疑問視されたこと、教員の言葉がきっかけにいじめが始まったことは根深い問題であり、ニュース性がある。しかし、一連の報道は、市教委や教員をバッシングすることに終始しているように思われる。そこから、問題解決の糸口は見えてこない。
過剰な報道が連鎖自殺をひき起こす!?
報道は、この2つの「いじめ自殺」にとどまらない。自殺未遂の報道まで見受けられるようになった。例えば、山梨県内の高校2年の女子生徒が2006年10月6日、同級生からのいじめを苦に、自宅で精神安定剤を多量に飲み、自殺を図ったことが報道された。
こうした自殺未遂がなぜ特別に取り上げられなければならないのだろうか。私は、長年にわたって若者の自殺を取材してきた。こうした事件はそれほど珍しいものではなく、一般紙で取り上げられることは非常に珍しい。このタイミングだからこそ報道されたといっても過言ではない。
こうした過剰な報道が「連鎖自殺」をひき起こすのでは、と思うのは考えすぎだろうか。「いじめなどによる絶望感」を原因とする「自殺」が大きく伝えられることによって、「絶望感」を解決する手段として、子どもたちが「自殺」を頭に浮かべるようになるだろう。さらに、学校などの対応がバッシングされる光景を見た子どもたちが、学校へアピールする方法として「自殺」を選んでしまう可能性もあるだろう。
現在のマスコミは、何かクローズアップされる事件が起きると、事件の大小を問わず、関連する事件などを過剰に報道する。先般の「ネット心中」(インターネットで知り合った複数の人たちが一緒に自殺をすること)も過剰に報道された。このときも、自殺の手段が知れ渡ったことで「連鎖自殺」が起こるのでは、と専門家が指摘していた。
「死ぬな」ではなく、「逃げろ」
「いじめ自殺」は、過去にも何度も大きく報道されてきた。そのたびに、聞かれるフレーズは「死ぬな」だった。今回も、教育評論家やコメンテーター、タレントらが「死ぬな」、「生きていれば必ずいいことがある」と発言している。彼らの論理はこうだ。いじめられる側に、なんらかの「非」がある可能性はある。しかし「責任」や「罪」はない。また、その「非」を理由にいじめることは、正当化できるものではない。だから、堂々と生きるべきだ。こうした論理には説得力があるかもしれない。
しかし、いじめられている当事者にとって、「死ぬな」、「生きていれば、いいことがあるよ」という言葉は、「いじめられている現状を我慢しろ」と同じ意味になるのではないだろうか。当事者には、第三者的で無責任な言葉に聞こえかねない。 そのため私は、「死ぬな」、「生きていればいいことがある」ではなく、「逃げろ」と言いたい。不登校でも転校でもよい。いじめなどの絶望的な現状から一度逃げ、現場から距離を置くことを提案したい。そのほうが、「死ぬな」よりも、生きる選択の幅を広げられるように思う。
仮に、学校や家庭に居場所がなくても、自分のために「逃げろ」。その逃げ場が、近所の駄菓子屋でも、塾でも、電話相談でも、インターネットでもいい。「あなた」に寄り添ってくれる存在が見つかるかもしれない。
当事者がいじめに立ち向かうことは大切である。そうした対策を取れる段階では、選択肢の1つとして考えるべきだ。いじめ対策を学校や教委に要求することも、生徒会全体で考えることも必要だろう。しかし、「死ぬ思いをするほどのいじめ」の被害者たちは、なかなか親や担任に相談できず、心理的にうつ状態になっていることもある。